信太のボクシングカフェ

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ボクシングが大好きです。大好きなボクシングをたくさんの人に見てもらいたくて、その楽しさを伝えていきたいと思います。

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比嘉大吾の旅立ちに幸あれ。

比嘉大吾、白井・具志堅スポーツジムとの契約を終了。

先日、体重超過のサスペンドを終え、復帰した元WBC世界フライ級王者、比嘉大吾。勝利したものの、勝利者インタビューでの歯切れのなさは、彼の今後を非常に不安にさせるものでした。

↓比嘉大吾の復帰戦の観戦記はコチラ

boxingcafe.hatenablog.com

このままモチベーションが上がらず、引退してしまうのだろうか。非常にもったいない、と思ってはいたのですが、比嘉は自ずと道を模索していたようです。

元世界王者の比嘉大吾 2月に2年ぶり復帰も… 白井・具志堅ジムとの契約更新せず | Boxing News(ボクシングニュース)

「契約更新せず」が意味するもの

現在、ボクサーとジムの間には、「最長3年」という契約が存在します。しかし、実は昨年の秋までは、移籍したいとボクサーが申し出ても、ジム側が了承しなければ移籍はできませんでした。そして、移籍するにしても移籍金が必要という場合もあり、その移籍金を移籍先のジムが支払えなければ(又は支払わなければ)、選手が負担する場合もあったようです。

その折り合いがつかず、辞めてしまった才能あるボクサーも多い事でしょう。

そこに昨年、公正取引委員会が入り、結果的にいうとジムとボクサーの契約は3年で、ジムの了承を得ずとも、契約満了日の2ヶ月前からボクサーは契約更新をしない、という意思をジム側に伝え、移籍できるようになりました。

今はJBC共通の契約書が存在し、この新ルールがスタートしたのが昨年(2019年)10月1日。この日以降、今までになく移籍した選手は多いです。ちなみにこの契約書には、

6 条(有効期間)
本契約の有効期間は、 年 月 日から 年 月 日までとする。契約期間 を経過するまでに一方当事者から他方当事者に対し更新拒絶の意思表示が書面によりなさ れない場合、本契約は自動的に従前の期間をもって更新されたものとみなし、その後も同 様とする。更新拒絶の意思表示は期間満了の2か月前より可能となる。 有効期間(更新の場合はその後の契約期間のこと。以降の更新も同じ。)は、3年間を超 えることができない。 

となっています。

つまり、比嘉から更新拒絶の意思表示がなされた、とのことなので、おそらくどこか移籍先を探す、ということではないでしょうか。(希望的観測)

 

比嘉大吾のこれまで

沖縄出身の比嘉大吾がボクシングを始めたきっかけは、具志堅用高の試合の映像だったと過去のインタビューで語っています。

井岡一翔の試合が早く終わり、空いた時間で流れた地元の英雄、「カンムリワシ」具志堅用高のKO集。その具志堅用高のボクシングに魅了された比嘉大吾は、沖縄県立宮古工業高校でボクシングを始めます。ここでオキナワン・スタイル、超攻撃的ボクシングの基礎が培われたようです。

高校時代はさほど目立った成績は残せませんでしたが、当時のボクシング部顧問のつてで比嘉大吾の名前が具志堅用高に伝わり、具志堅が宮古島へ渡り、自らスカウト。比嘉は大学に進もうと思っていたらしいですが、具志堅の熱意におされ、プロ入りを決意したということです。

憧れの具志堅の元、プロキャリアをスタートした比嘉大吾。現在にも連なる超攻撃的スタイルは、アマチュアボクシングよりもプロボクシング向きと言っていいでしょう。

白井・具志堅スポーツジムからプロデビューした比嘉は、連戦連勝。その全てをKOで決め、どんどんと注目を集める事になっていきます。

デビューから5戦目までは、1R、2Rでの序盤KOが続きます。相手はほとんどタイやフィリピンの選手で、(日本人との対戦は1度のみ)連戦連勝してもまだまだ実力は未知数でした。

そして、7戦目、敵地タイでWBCユースフライ級王座決定戦。相手はコンファー・CPフレッシュマート(タイ)。当時14戦全勝の若武者で、元WBCユースライトフライ級の王者でした。

そのコンファーに、6Rまでポイントで劣勢に立たされるも、セコンドからの指示で奮起、見事逆転KO勝利でWBCユースフライ級王座を獲得します。

ちなみにこのコンファー・CPフレッシュマートは現在32勝1敗、昨年は藤岡飛雄馬選手に勝利した選手です。

その後の比嘉は翌年にOPBF東洋太平洋フライ級タイトルを獲得、2017年5月20日にファン・エルナンデス(メキシコ)の持つWBC世界フライ級王座へ挑戦することになりました。

このエルナンデスが前日の計量で体重超過。比嘉が勝てば王者に、エルナンデスが勝ってもタイトルは空位に、という変則マッチで行われたタイトルマッチ。

村田諒太、拳四朗とともに初の世界タイトルマッチに臨んだ比嘉。村田よりも、拳四朗よりも、何より比嘉大吾の試合が楽しみで私も有明コロシアムに駆けつけました。

この日、比嘉の出来は素晴らしく、またエルナンデスは不調でした。結果5度のダウンを奪っての戴冠。この日の比嘉はただのファイターではなく、頭を振りながらプレッシャーをかけ、相手のパンチをガードではじく。サイドに逃げようとするエルナンデスを追い詰め、距離を詰めたところで右ボディーフックから右アッパーという右のダブルや左フックを振り抜く。

非常に理詰めのファイトスタイルで、私は比嘉の今のところのベストバウトとしてはこの試合を推したいです。

その後、フランスのトマ・マソン、メキシコのモイセス・フエンテスをKOで破り、デビュー以来14連続KOの記録を残した比嘉大吾。

日本の連続KO記録のかかる5戦目は、2度目の防衛戦であるフエンテス戦からわずか2ヶ月後にセットされました。

きっとこの頃には、比嘉はフライ級は限界と感じ、階級アップの希望があったのでしょう。

この時まだ22歳。まだまだ体は大きくなります。

 

そして2018年4月15日、クリストファー・ロサレス戦(ニカラグア)の前日計量にて、体重超過により王座剥奪。試合も精彩を欠き、陣営のタオル投入による9RTKO敗け。

その後、野木丈司トレーナーが責任をとって白井・具志堅スポーツジムを辞めることとなり、その事も大きな影を落とす事になったようです。

比嘉大吾のこれから

全幅の信頼を置いていたトレーナー、野木丈司も去ったことで、具志堅用高会長との折り合いもつかなくなった比嘉大吾。

思えば、復帰戦の勝利者インタビューで語った「応援してくれる人たちのために闘った」という発言は、白井・具志堅スポーツジム、またジムの後援会への最後の恩返しだったのかもしれない、と今は思います。沖縄のレジェンド、具志堅会長の元を離れるのは、同じ沖縄県民としては容易ではないことなのかもしれません。きっと、地元には快く思わない人もいることでしょう。

そのインタビューをきいて、自分のために闘ってほしい、当時は私はそう思いました。ボクサーは自分のため、自分の家族のために闘えばいいと思うのです。ファンは、それに共感し、もしくは夢を託し、ついていく存在です。ファンへの恩返しは、結果だけでいい。

「モチベーションが上がらなければ辞める」それもきっと本心なのでしょう。しかし、無事に白井・具志堅スポーツジムを去ることとなり、野木トレーナーと合流し、別の新しい所属先を見つけられれば、かつてのモチベーションも戻ってきてくれると信じています。

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具志堅会長(又は白井・具志堅スポーツジム)と、比嘉大吾の間に何があったのかはわかりません。ただ、一方的にどちらかが悪い、という事ではないのではないか、とも思います。一方的にジムが悪ければ、きっと選手は次々に移籍するでしょうし、新しいボクサーも入っては来ません。しかし、選手ファーストのこの時代、ジムとしてはこれまで以上に闘うボクサーのことを考え、物心両面に渡るサポートをしていかなければならないのでしょう。

蜜月にあったと思われた具志堅会長と比嘉。しかし、出会いもあれば別れもあります。些細な行き違いで、離別してしまうこともあるのです。私はいちボクシングファンとして、比嘉大吾は勿論、白井・具志堅スポーツジムも、これからも応援していきたいと思っています。

世界チャンピオンになって尚、まだ未完の大器と思われる比嘉大吾。野木トレーナーも現役時代、移籍トラブルに巻き込まれ、志半ばで引退を余儀なくされたボクサーのひとり。ボクサーの移籍が自由になり、当時と比べると恵まれた時代にはなりましたが、あくまでも闘うのはボクサー、己ひとりです。まだ時間もかかるかもしれませんが、早く元気な比嘉大吾の姿を、リングの上で見たい、そう思います。

 

 

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