信太のボクシングカフェ

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ボクシングが大好きです。大好きなボクシングのおもしろさを、たくさんの皆さんに伝えたくてブログを始めました。アマチュアボクシングを教えてるので、練習方法や基本なども書いていきます。

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1970年代はヘビー級レジェンドの宝庫。ライバルがあってこその伝説。

リング・マガジンが選出するファイター・オブ・ジ・イヤーは、1928年から始まったその年最も活躍したボクサーに贈られる年間最優秀選手賞です。

そのファイター・オブ・ジ・イヤー(以下MVP)を振り返り、10年ごとにMVPを考察しようというゴールデンウィーク企画。今回は1970年代です。

私もまだ生まれていないので、勿論リアルタイムでは見ていないわけなのですが、歴史に名を残す名ボクサーがズラリと並ぶこのMVPは、名前を見ているだけでも飽きません。

この1970年代のボクサーの振り返りを終えて、一旦この企画はお開きとさせてはいただきますが、改めて1970年代→1980年代→1990年代→2000年代と順を追って見ていくと、世界ボクシングの歴史が垣間見れます。

このMVPを辿る旅路を本流とすると、日本のようなアジアはその本流からは外れています。しかし、その支流の中にも様々なドラマがあり、歴史に名を残すボクサーがいます。現在、試合がなく、新たなドラマが生まれないとしても、充分に楽しめるボクシングというスポーツを好きになってよかった、心から思うのです。

さて、前置きが長くなりましたが、1970年代のMVPを振り返っていきましょう。

1970年代のファイター・オブ・ジ・イヤー

1970年 ジョー・フレージャー(アメリカ)

1971年 ジョー・フレージャー(アメリカ)

1972年 モハメド・アリ(アメリカ)カルロス・モンソン(アルゼンチン)

1973年 ジョージ・フォアマン(アメリカ)

1974年 モハメド・アリ(アメリカ)

1975年 モハメド・アリ(アメリカ)

1976年 ジョージ・フォアマン(アメリカ)

1977年 カルロス・サラテ(メキシコ)

1978年 モハメド・アリ(アメリカ)

1979年 シュガー・レイ・レナード(アメリカ)

 

このメンバーを見るだけでも、やはり時代の中心がヘビー級にあった事がわかります。

ではもう少し詳しく見ていきます。

1970年 1971年 ジョー・フレージャー(アメリカ)

1970年にWBA・WBC世界ヘビー級タイトルを獲得

1971年に同王座の防衛戦でモハメド・アリを下す(アリは初黒星)

1973年に同王座の防衛戦でジョージ・フォアマンに破れ、陥落

1974年にモハメド・アリとリターンマッチ、僅差判定負け

1975年にモハメド・アリとラバーマッチ、14R終了後に棄権負け

1972年 カルロス・モンソン(アルゼンチン)

1970年にWBA・WBC世界ミドル級タイトルを獲得

1972年は4戦して4度の防衛

1974年に統一王座の9度目の防衛後、WBC王座を剥奪

1976年にWBC王座を吸収し、再度統一王者に。

1977年にWBA王座14度連続防衛の後、王者のまま引退

1972年 1974年 1975年 1978年 モハメド・アリ(アメリカ)

1965年にWBA・WBC世界ヘビー級タイトルを獲得し、9度の防衛後するもベトナム戦争への懲役拒否にて両王座剥奪

1970年に3年7ヶ月ぶりのリング復帰

1971年にジョー・フレージャーの持つWBA・WBC世界ヘビー級タイトルに挑戦、失敗

1972年にはNABF北米ヘビー級王座の防衛戦と来日してノンタイトル戦

1973年にケン・ノートンに顎を砕かれ、判定負け(2敗目)

同年にケン・ノートンにリベンジ

1974年にジョー・フレージャーへリベンジ

同年、「キンシャサの奇跡」WBA・WBC世界ヘビー級タイトルを獲得

1975年の初防衛戦では無名のチャック・ウェプナーに善戦を許す

同年「スリラ・イン・マニラ」ジョー・フレージャーを防衛戦で退ける

1978年にレオン・スピンクスに敗北し、11度目の防衛に失敗

同年にレオン・スピンクスにリベンジ、王座返り咲き。返上後、引退。

(1980年、1981年に復帰して2戦2敗)

1973年 1976年 ジョージ・フォアマン(アメリカ)

1973年にジョー・フレージャーを倒しWBA・WBC世界ヘビー級タイトルを獲得

1974年にケン・ノートンの挑戦を受け、圧勝で防衛

同年にモハメド・アリの挑戦を受け、番狂わせで王座陥落

1976年にNABF北米ヘビー級王座獲得、初防衛戦でジョー・フレージャーをKO

1977年にアリへの挑戦権をかけた一戦で判定負け、引退

(1987年に復帰、1994年にヘビー級王座に返り咲き)

1977年 カルロス・サラテ(メキシコ)

1970年にプロデビューし、世界初挑戦まで39戦全勝(38KO)の戦績を残す

1976年にWBC世界バンタム級タイトルを獲得

1977年にアルフォンソ・サモラとのノンタイトル戦を制す

1978年にWBC世界スーパーバンタム級タイトルに挑戦、失敗

1979年にWBC世界バンタム級王座から陥落

(1986年に復帰、1987年と1988年に世界タイトルに挑戦するも、失敗)

1979年 シュガー・レイ・レナード(アメリカ)

1976年にモントリオールオリンピックで金メダルを獲得し、翌年プロデビュー

1979年にWBC世界ウェルター級タイトルを獲得

その後も大活躍。全盛期は1980年代前半に来た選手でした。

詳しくはこちら↓

boxingcafe.hatenablog.com

 

1980年代は「黄金の中量級」と言われた時代でしたが、1970年代はヘビー級のフェスティバルのような時代です。

ヘビー級のボクサー意外でMVPを獲得しているのは、カルロス・モンソン、カルロス・サラテ、そしてシュガー・レイ・レナードの3人のみ。

そしてレナードは1980年代にそのキャリアのピーク(ボクサーとしても、人気や収入の面でも)です。ちなみにこのレナードが挑んだタイトルホルダーは、当時2階級目を制覇したばかりだったウィルフレド・ベニテス。1976年に若干17歳でWBA世界スーパーライト級のタイトルを獲得し、1979年に二階級を制覇した非常に天才肌のチャンピオでした。ベニテスも80年代を盛り上げたボクサーの1人と言っていいでしょう。

カルロス・モンソンは黄金と呼ばれる前の中量級(ミドル)で無敵を誇ったチャンピオン。モンソンは2階級制覇王者のニノ・ベンベヌチからタイトルを奪取、同じく2階級制覇王者のエミール・グリフィス、当時のウェルター級王者のホセ・ナポレス、元スーパーウェルター級王者のデニー・モイヤー等の王者や後のWBA・WBC統一ミドル級王者ロドリゴ・バルデスらを防衛戦で退け、最強を証明して引退。オールタイムで最強のミドル級は誰か、と問われればカルロス・モンソンと答える人も多いと思います。

バンタム級からはカルロス・サラテアルフォンソ・サモラとともにクーヨ・エルナンデスに師事、連戦連勝を記録した「Zボーイズ」は、お互いが王者同士のときにノンタイトルで元同門対決に及びます。(このときサモラは既にクーヨの元を離れていました)45戦全勝44KOとういサラテ、29戦全勝全KOというサモラ。サラテ25歳、サモラ23歳の若きメキシカン同士の一戦はサラテに凱歌があがります。このサラテも、オールタイムで最強のバンタム級は、と問われれば必ず名前が上がる選手。

 

そしてヘビー級に目を向けると、ジョー・フレージャー2回、ジョージ・フォアマン2回、モハメド・アリ4回(!)。この頃、まだボクシングは今ほど世界に広がっていなかったとはいえ、ヘビー級の権威はすさまじいですね。

まず、フレージャー。1967年のMVPも獲得しているので、合計3度のMVPに輝いた「スモーキン・ジョー」。1970年にジミー・エリスを4RKOでWBA・WBC統一王者に。そして2度目の防衛戦で、モハメド・アリを迎えます。アリは王座を剥奪され、未だ無敗。本当の王者は自分だと言い、戦前、フレージャーをこきおろす。寡黙なスモーキン・ジョーはリングで己の生き様を証明してみせました。最終ラウンドに渾身の左フックでアリからダウンを奪い、判定勝ち。決して引かないスタイルをもって、スモーキン(蒸気機関車)・ジョー。アリとは3戦闘い、1勝2敗ではありましたが、モハメド・アリ最大のライバルといっても過言ではなく、3戦ともに名勝負でした。

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そしてそのフレージャーを痛烈にKOして世界王者となったジョージ・フォアマン。「象をも倒すパンチ」を持つ男と呼ばれ、当時37戦全勝(34KO)という戦績を引っさげ、29戦全勝(25KO)の王者に挑みます。作られた戦績と揶揄する人もいたと聞きます。しかし、結果はタフなフレージャーを6度倒して2RKO。6度倒されても尚前進するフレージャー。「キングストンの惨劇」と呼ばれた試合です。

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その後、アリに2敗目を与えたケン・ノートン(=アリの顎を砕いた男)をも2RKOで下します。勢いにのるフォアマンにアリが挑戦したのは1974年のこと。場所はザイールのキンシャサ。既にザイールしたところで、フォアマンが脇腹を痛め試合延期に。フォアマンは慣れない環境でストレスを抱えていたともいいます。そして、アリはというとザイールの民衆を味方につけ、無事に調整。そして迎えた試合、序盤から攻めるフォアマン。しかし、アリはロープ際でガードを固め、フォアマンの強打をしのぎます。そしてフォアマンのスタミナロスを待ち続けた8R終盤、突如ロープから出てフォアマンを打ち倒すのです。下馬評で圧倒的に不利だったアリは、この「キンシャサの奇跡」と呼ばれたファイトで王者返り咲き。敗れたフォアマンは、その後も連勝するも、アリへの再挑戦をかけた試合で判定負け、その試合の後にロッカールームで神の声を聴いたと牧師に転身したのは有名な話です。

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そして最後にモハメド・アリ。1963年にMVP受賞歴があるので、合計5度のMVPを受賞しています。このモハメド・アリこそ史上最も偉大なボクサーといっても過言ではないでしょう。ボクサーとしては勿論、アメリカという国家とも闘った「The Greatest」。

1970年代は、ベトナム戦争の懲役拒否から世界タイトルだけでなくボクサーライセンスを剥奪された復帰から始まります。

1971年にジョー・フレージャーに初黒星を喫し、1973年にケン・ノートンに顎を砕かれて2敗目。その後ノートンにリベンジし、フレージャーにもリベンジした後、前述のフォアマンとの一戦を迎えます。「ランブル・イン・ザ・ジャングル」と名付けられたこの一戦で、アリは歴史に大きく名を残したといえます。

そしてその王座の防衛戦、ランキング下位のチャック・ウェプナーに大苦戦。結果、15RKOで退けますが、そのウェプナーの善戦に感動した当時無名のシルベスター・スタローンが「ロッキー」の脚本を書き上げ、自身が主演ということにこだわって大ヒット作を生み出したそうです。その同年である1975年には、ジョー・フレージャーとのラバーマッチ「スリラ・イン・マニラ」と言われたフィリピンで行われた一戦は、結果的に14R終了TKO勝利をおさめますが、紙一重の内容。50度以上だったとも伝えられるリングの上で真逆のファイトスタイルである両者は激しい消耗戦を繰り返します。15Rの開始ゴングがなってもフレージャーを送り出さなかったエディ・ファッチ。しかし、アリ陣営も棄権を申し出る所だった、と言われています。

 

その後のアリはそれまでのアリとは違っていた、という人もいます。フレージャーとの試合で力を使い果たしたであろうアリは、その後も防衛をするものの、全盛期とは程遠い。ついには1978年、伏兵レオン・スピンクスにタイトルを奪われてしまいます。そのタイトルは奪還するものの、おそらく限界も感じていたのでしょう、そのまま引退。

1980年代に入ってからの二度のカムバックは、本来すべきものではなかったものではありますが、引退後ももう一戦、もう一戦と闘ってしまうのはボクサーの性。なかなか綺麗に花道を飾れるボクサーは存在しません。

ということで、1970年代のベスト・ボクサーはモハメド・アリ。異論はないはずです。

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このヘビー級がボクシング界を動かしていたこの時期に、カルロス・サラテという軽量級に属する猛者がMVPを獲得しているのは嬉しいことですね。

ここまで振り返って50年。半世紀です。

もっと前から勿論ボクシングはありますし、ジョー・ルイス、シュガー・レイ・ロビンソン、ロッキー・マルシアノ、等々魅力的なボクサーもたくさんいます。

しかし、私からするともう神話の域なので、この考察はここまでにしておきます。

もし年代別に全て読んでくださった方がいたら、本当に本当にありがとうございます。

冗長な文章で申し訳ありません、とお詫びもしつつ、長い方は16連休だと伺った今回のゴールデンウィークの暇つぶしになっていれば幸いです。

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