信太のボクシングカフェ

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ボクシングが大好きです。大好きなボクシングのおもしろさを、たくさんの皆さんに伝えたくてブログを始めました。アマチュアボクシングを教えてるので、練習方法や基本なども書いていきます。

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長谷川穂積、強敵と闘い続けた日本のエース。〜Part1〜

1998年、日本ボクシング界最大のカリスマ、辰吉丈一郎(大阪帝拳)がマットに沈みました。

辰吉を痛烈にKOしたのは、タイのウィラポン・ナコンルアンプロモーション。ウィラポンは4戦目でWBA世界バンタム級王者となりましたが、初防衛戦でナナ・コナドゥ(ガーナ)に2Rで倒されます。辰吉戦まで21戦(20勝1敗)というキャリアを積みますが、コナドゥ戦で見せた顎の弱さもあって、辰吉有利の予想だったように記憶しています。

しかし蓋を開けてみれば、どっしりとかまえたウィラポンは、強靭なフィジカル、固いガードを持ち、そのがっしりとした体躯から繰り出される左右のブローは正確で、辰吉を痛めつけます。

辰吉を6RでKOしWBC王座につくと、1999年の再戦(2度目の防衛戦)でも7RKO。

1990年代を牽引した日本のスターをKOしたウィラポンは、日本のファンに絶望を与えました。

そして2000年代前半、辰吉の後継者と目された西岡利晃(JM加古川→帝拳)が4度ウィラポンに挑むも、勝てず。

西岡利晃についてはコチラ↓

boxingcafe.hatenablog.com

 

そのウィラポンの牙城をとうとう崩したのは、長谷川穂積

日本のエースと呼ばれ、2000年代を牽引した不世出のボクサーの足跡を辿ります。

長谷川穂積、キャリア初期

デビューは1999年11月12日。ウィラポンは既に2度目の防衛戦で辰吉を倒し、王者として確固たる地位を築いている時期でした。

翌2000年、西日本バンタム級新人王トーナメントに出場しますが、2回戦で敗退。翌年も同じく新人王トーナメントに出場、敗退。

ここまでで5戦3勝(1KO)2敗という、平凡な戦績でした。しかし、めげずにキャリアを積んだ長谷川は、2002年10月、大きなチャンスをつかみます。

熟山竜一(JM加古川)との1戦。西岡利晃の元所属先であるJM加古川ジムの会長の息子であり、幼い頃からボクシングに慣れ親しんできました。途中、ボクシングから離れた期間もありましたが、長谷川と同日の1999年11月12日にプロデビュー、2000年の西日本バンタム級新人王トーナメントを制し、全日本バンタム級の新人王を獲得。その後はOPBF東洋太平洋バンタム級王者の日本人キラー、ジェス・マーカ(フィリピン)に挑戦し失敗、その実力を誰しもが認めるサーシャ・バクティン(協栄)からプロ・アマ通じて初のダウンを奪うも判定負け、2002年には日本バンタム級王者仲宣明(尼崎)に挑戦し、大いに議論を呼ぶ判定で不運の引き分け。再戦するも、負傷引き分け。未だ無冠ながら、実力は誰しもが認めるボクサーでした。

その熟山相手に、長谷川は全くといっていいほどパンチをもらわず、2度のダウンを奪う完勝。

サーシャ・バクティンを最も苦しめた日本人(その後もサーシャの持つ日本タイトルへ2度挑戦)ともいえる熟山相手に完勝し、一気に名を上げた長谷川は、ここから大きな波に乗っていきます。

 

OPBF東洋太平洋バンタム級王座への挑戦。

2003年5月18日、OPBF東洋太平洋バンタム級王座へ挑戦します。

王者、ジェス・マーカ。熟山にも勝利していますが、当時の絶対的日本人キラー。これまでの7度の防衛戦中、6戦が日本人相手で、その破ってきた相手もすごい。

中村正彦からタイトルを獲得、防衛戦では瀬川設男、大和心、川嶋勝重、有永政幸、熟山竜一、村越裕昭を退け、ノンタイトル戦でも仲里繁、岡本泰治といった名だたるボクサーを退けます。もちろん上位の世界ランカーでしたが、なかなか世界挑戦のチャンスはまわってこない不遇のボクサー。

その日本人キラーに長谷川は満を持して挑み、スプリットの判定ながら勝利を納め、初めてのタイトルを手にしました。

長谷川のすごいところは、4回戦時代にはあまりパッとしなかったものの、相手のレベルが上がれば上がるほど結果が出るところ。ちなみにプロテストにも一度不合格、考えてみると非常に不思議なボクサーです。

更に、この頃はほとんどパンチをもらわない、どちらかというとディフェンシブな選手。スピード、カウンターを武器としたバランスのとれたボクサーという印象でした。しかし、時折みせる気の強さは、今後の長谷川穂積のファイトスタイルに通じるものがありました。

そのマーカ戦後、OPBF王座を3度防衛したのち、2004年10月30日、WBC世界バンタム級挑戦者決定戦へ臨みます。新井田豊(横浜光)の防衛戦(暫定王者との統一戦)のアンダーカードとして、鳥海純(ワタナベ)との対戦。WBCバンタム級5位の長谷川と、WBAバンタム級5位の鳥海。この日は他にも仲里繁vs木村章次、西岡利晃vs中島吉兼等サバイバルマッチの好カードが目白押し。

この日、19戦目(18戦16勝5KO2敗)にしてはじめて東京進出の長谷川と、アマエリートで挫折を味わいながらも前戦で元世界王者をKOした鳥海との世界ランカー同士の一戦。

試合は息の詰まる技術戦でありながら、両者の意地がぶつかった試合でもありました。スピードに勝る長谷川がポイントをピックアップし、判定勝利。この最終回は足を止めての打ち合いで試合も盛り上がり、メインの新井田を差し置いてボクシング・マガジンの表紙を飾った試合であったことも思い出深いです。

 

超安定王者、ウィラポンへの挑戦

2005年4月16日、超安定王者、ウィラポンへ挑みます。

当時のウィラポンの戦績は、50戦47勝(33KO)1敗2分WBC王座は15度目の防衛戦。長谷川とは築いてきたキャリアが違いすぎ、当然、ウィラポン有利の予想。

むしろ、長谷川にどれくらいの期待が寄せられていたのでしょうか。

熟山、マーカ、鳥海と名うての強豪たちを破ってウィラポン戦にこぎつけたものの、まだまだ知名度としては全国区ではありません。かつて辰吉が、西岡が崩せなかったウィラポンの牙城を崩すには、(戦績からみると)パワーレス感は否めません。スピードとカウンターのセンスは突出していましたが、前戦の鳥海戦では、打ち気にはやり、被弾する場面も目にしています。決して打たれ強そうではない長谷川が、ウィラポンのパンチをまともに喰ってしまったら。。。と考えると、不安要素の方が大きい。

ウィラポンは非常にストイックで、およそ油断というものとはかけ離れたボクサーです。しかしこのとき、珍しく一度目の計量でリミットをオーバー、30分で体重を落とし、また秤に乗る、という事態が発生しています。もしかしたら調整がうまくいっていなかったのかもしれません。(ただ、体重は300gくらい?だったか、すぐ落ちたようですので、調子が悪かったとはいえませんが。)

かくして、ウィラポン挑戦のゴングが鳴ります。スロースターターであるウィラポンへの対策なのか、そうでないのか。序盤から長谷川は自慢のスピードでウィラポンを撹乱します。

ウィラポンは、長谷川のスピードについていけていない。これは、凄い。

ウィラポンが一発出せば、すぐさまスピードのあるパンチを2発、3発返します。相手の打ってくるところにあわせての左ストレート、素晴らしいです。1R目、非常に期待を抱かせる立ち上がり。

しかし、これまでもウィラポンの強さは、尻上がりに調子を上げていくところにありました。

3R目までは長谷川が圧倒。しかし4R目に入ると、ウィラポンが反撃に出ます。ウィラポンのストレートがヒット、長谷川は目上をカットします。しかし、まだペースは渡しません。

序盤ペースをとられた焦りからなのか、ウィラポンの攻撃はこれまでより雑にも感じます。長谷川のスピードについていけないからなのか、それともウィラポンも衰えたのか。

中盤、終盤にかけてウィラポンは猛チャージ、長谷川もおそらくいつも以上のプレッシャーにさらされ、疲労はたまっていきます。しかし長谷川は、前に出てくるウィラポンに対して下がらず、ハートの強さをみせ、そして持ち前のスピードと回転力でウィラポンを押し返します。

総力戦の12Rが終了し、勝者は長谷川穂積。

https://youtu.be/K4tclU9r1po

※ウィラポンvs長谷川 第一戦

24歳の若武者が、超安定王者から真っ向勝負でタイトルを奪取。

日本中が驚愕した、素晴らしいファイト。

36歳のウィラポンはおそらく衰えもあったと思われます。年齢を重ねると、スピードのある相手が苦手になっていくのだと思います。自分のパワーやスピードはさほど衰えなくとも、反射神経、打たれ強さというのは衰えていくものだと私は思っています。

勝利者インタビューでは「勝てるとは思わなかった」と語った長谷川。これまでと違い打たれたら打ち返すという気持ちの強さを全面に押しだしたファイトスタイルが功を奏したといえます。

浜田剛史氏が試合終了後のコメントで、「ここから(長谷川は)変わると思いますよ」と語っていたとおり、ここから大きく変わった長谷川穂積。

初防衛戦

「鬼門」といわれる初防衛戦。タイトル獲得から約5ヶ月後、ヘラルド・マルチネス(メキシコ)を迎えます。当初はエリック・モラレスの兄であり、前戦で世界挑戦者決定戦を制したディエゴ・モラレス(メキシコ)との防衛戦の予定でした。

しかし、モラレスがスパーリングで負傷、代役としてマルチネスに変更。

試合一週間前、サウスポーのモラレスから、オーソドックスのマルチネスに変更。。。非常に運がない感じがします。もともと指名挑戦者でなくてよかったなら、もっとランキング下位の選手を選ぶ事ができたのに。。。

しかし、そんなトラブルは物ともせず、マルチネスを4度倒しての会心のTKO勝利。長谷川はリードで相手を翻弄し、相手の出鼻に合わせての左ストレート、スピードを活かして利き腕(左)のダブル、トリプルと回転力のある連打を叩き込む事ができます。非常に体のバランスが良いのでしょう。

鬼門の初防衛戦を圧勝で飾った長谷川の次の防衛戦の相手は、前王者となったウィラポン・ナコンルアンプロモーション。

 

もはや伝説。ウィラポンとの再戦

2006年3月25日、地元兵庫、神戸・ワールド記念ホール。「もう一度ウィラポンに勝たないと、真の王者にはなれない。」そう語ってきた長谷川。対するウィラポンは、失ったベルトを取り戻すために8度目にもなる来日。

37歳になったウィラポンでしたが、持ち前の馬力は相変わらず。しっかりとした体躯、固いガードからそれより硬そうなパンチを打ちます。長谷川は速いジャブを繰り出し、素早いステップを踏み、左ストレートを伸ばし、そこに右アッパーをフォロー。ウィラポンの右ストレートを見切っている長谷川、ウィラポンの右をかわし、左のダブル。これがウィラポンにヒット。

ラウンドが進むごとに、長谷川の的確なブローがウィラポンを捉えます。

ぐらつくウィラポン、そしてチャンスを迎えた長谷川の連打は凄まじい。

ダメージを与えられ、疲弊していくウィラポンですが、前進は止まらない。

ウィラポンはパンチを繰り出すも、ガードやステップで阻まれ、打ち終わりに長谷川がコンビネーションを叩き込みます。

やや一方的(でもウィラポンの怖さはある)な展開になってきた9R、いよいよ訪れた瞬間。

利き腕の左ストレートをフェイントで伸ばし、返す刀での右フック。この試合中も、何度か見せていたブロー。その右フックがウィラポンに完全なタイミングでクリーンヒット、完全に効かされたウィラポンは立てず。

youtu.be

長谷川穂積自身が、その長いキャリアを振り返って「ベストバウト」と呼ぶウィラポン第二戦。本当に芸術的なKO防衛でした。

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長期政権を築いてきた超安定王者を返り討ちにした長谷川穂積。

この偉業で、既に歴史に名を残す王者となることは間違いありませんでした。

しかし、ここからの長谷川は更に名をあげ、「日本のエース」と呼ばれ、見るものの魂を震わせる闘いをしていきます。

この後もこのブログでそのキャリアを振り返っていきたいと思います。

Part2へ続く

boxingcafe.hatenablog.com

 

 

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