信太のボクシングカフェ

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ボクシングが大好きです。大好きなボクシングのおもしろさを、たくさんの皆さんに伝えたくてブログを始めました。アマチュアボクシングを教えてるので、練習方法や基本なども書いていきます。

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スーパーライト級。世界挑戦の歴史と、これからを担うのは誰か。

いよいよ、日本ボクシング界にタイトルマッチが帰ってきました。

世界に打ってでる事ができるボクサーとして、国内では頭ひとつ抜き出ていると思われた井上浩樹(大橋)でしたが、永田大士(三迫)に7R負傷TKO敗け。永田大士は挫折も経験し、初めて掴んだタイトルが世界を伺う日本一のボクサーからの勝利で、いわゆる番狂わせ。殊勲の勝利だと思います。   改めて、ボクシングは何が起こるか解りません。詳細はまだわかりませんが、関東圏の方は7/20(月)1:55〜フジテレビにて試合の模様が放送されるようですのでご覧ください。

ただ、これでスーパーライト級のボクサーが世界に打って出るのは少々遠のいてしまった、というのが正直な感想です。世界を伺うボクサーに勝利したからといって、すぐに世界とならないのが難しいところです。

1990年代からボクシングを見始めた私にとっては、中量級というのはまさに夢の中の出来事。中量級の世界タイトルマッチは、異界のものと同一の価値観でもありました。

今ほど映像が頻繁に見られない頃、既に伝説だった80年代の中量級ウォーズのビデオをリング・ジャパンから購入したり、覚えたてのインターネットを駆使してヤフーオークションで探し続けたり。

今はWOWOWを主としてDAZNでも配信されますし、Youtubeなどで上がっている伝説の試合もたくさんあります。

しかし、個人的にはやはり中量級への信仰心は変わらず、やはり半ば異界の出来事だと錯覚してしまいます。その異界のような場所で奮闘する日本人ボクサーには、より一層大きな声援を贈りたいというのが心情です。

中量級、細かく区切ればライト級より上(スーパーライト級)からミドル級までの5階級を中量級と呼ぶことにしますが、その5階級のこれまでの日本人ボクサーを振り返り、そしてこれからの展望を見ていきたいと思います。

 

↓人気階級、ウェルター級の振り返り

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今回はスーパーライト級を振り返っていきたいと思います。

まず、これまでに世界タイトルを獲得した王者たち

藤猛(在位1967.4-1968.12)

ハンマーパンチと呼ばれた豪打で、生涯戦績34勝中29KO(3敗1分)という戦績を誇りました。日系3世としてハワイで生まれ育ち、ハワイでアマチュアボクシングをはじめ、実績を残します。

その後、エディ・タウンゼントに連れられ力道山のつくったボクシングジム、リキジムへ所属。1964年にプロデビュー、日本、東洋王座を獲得し、1967年にサンドロ・ロポポロ(イタリア)を2RでKOし、世界王座を奪取。

その後1度の防衛後1年のブランクをつくり、2度目の防衛戦でタイトルを手放しました。

エディさんが育てた最初の世界王者である藤猛。左右のフックを振り回す、野性味溢れる豪打は、まさに和製(?)ジャック・デンプシー。大変な人気者だったようです。

 

浜田剛史(在位1986.7-1987.7)

こちらも強打者、21勝のうち19KO(2敗1NC)という無類の強打を誇るパンチャー。しかしその強すぎるパンチは、自身の拳をも壊し、膝にも爆弾をかかえ、対戦相手よりも怪我との闘いに削られてしまった王者でもあります。

その真面目な性格から、おそらく常にオーバーワーク気味だったのではないか、とも推察されるのは、現在も帝拳ジムの代表として、また解説者として、我々の目の前に姿を現してくれるその姿が、非常に真面目で無骨なイメージだからでしょう。

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何度映像で見ても、まさに感動ものの王座奪取(レネ・アルレドンド第一戦)戦。

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まさに不世出のボクサーという言葉がぴったりのサムライです。 

平仲明信(在位1992.4-1992.9)

こちらも20勝中18KO(2敗)というスーパーハードパンチャー。アマチュアでも圧倒的な強さを誇り、ロサンゼルス五輪に出場。その後、引く手数多でしたが、「沖縄から世界へ」と沖縄ボクシングジムに所属。

プロ4戦目で日本タイトルを獲得、その後その王座を9度防衛。地方ジム、それも僻地沖縄のジムの短所を全く感じさせる事なく快進撃を続けます。

ついには指名挑戦者となり、時の王者ファン・マルティン・コッジ(アルゼンチン)に挑戦。しかし大手ジムほどのプロモート力のない地方ジムがため、当時としては珍しく敵地イタリアでの挑戦となりました。この試合、ダウンを奪うも判定負け。

 

そこから3年、再び世界の舞台にたった平仲。場所はまたもアウェー、メキシコ。王者、エドウィン・ロサリオに開始ゴングと同時に飛び込み、歓喜の1RTKO勝利で王座を奪取。

その年の初防衛戦では陥落しましたが、海外での王座奪取という偉業を成し遂げた平仲は、平仲ボクシングスクールを経営し、後進の育成に力を注いでいます。息子である平仲信裕も現在日本のトップアマ。東京オリンピック出場は逃しましたが、次回のパリオリンピックを目指し、親子オリンピアンを目指すのか、それともプロ転向して親子世界王者を目指すのか。

涙を飲んだ挑戦者たち

高橋美徳(三迫)

1964年、エディ・パーキンス(アメリカ)に挑み13RTKO敗け。

初めてスーパーライト級の牙城に挑んだのは高橋美徳。この映像は見たことがありませんが、全く歯が立たなかったようです。おそらく当時の日本のボクシングファンは、中量級の壁の高さをまざまざと見せつけられたのでしょう。しかし高橋は引退後国際ジムを開設、同ジムからはロイヤル小林、レパード玉熊、セレス小林が世界王者になっています。

ライオン古山(笹崎)

1973年にアントニオ・セルバンテス(コロンビア)に挑み判定負け。

1974年にペリコ・フェルナンデス(スペイン)との王座決定戦で判定負け。

1976年にセンサク・ムアンスリン(対)に挑み判定負け。

セルバンテス、センサク。今も名前が残る名王者に挑んだライオン古山。フェルナンデス戦のポイントはかなり拮抗していた模様ですが、スプリットの判定負けだったようです。

 

門田恭明(三迫)

1974年にアントニオ・セルバンテス(コロンビア)に挑み8RKO敗け。

ガッツ石松(ヨネクラ)

1977年にセンサク・ムアンスリン(タイ)に挑み6RTKO敗け。

ライト級の王座陥落後、2階級制覇を目指しセンサクに挑んだガッツ。しかし、元世界王者をものともしないほど、センサクは強かった。

用皆政宏(斎田)

そのセンサクを攻略した金相賢(韓国)に1979年に挑み、11RTKO敗け。

亀田昭雄(協栄)

1982年にアーロン・プライヤー(アメリカ)に挑み、6RTKO敗け。

200年に1人の天才と呼ばれた亀田が、怪物王者プライヤーからダウンを奪いますが、その後盛り返されてTKO敗け。

この後、プライヤーはアレクシス・アルゲリョとの一戦に臨みました。

赤井英和(三和ツダ)

1983年にブルース・カリー(アメリカ)に挑み、7RTKO敗け。

浪速のロッキーと呼ばれ、人気を誇った赤井。大きな期待を受け、14勝(13KO)で臨んだ世界戦でしたが初防衛戦に臨む王者を崩せず、パンチの的確さで上回られ、赤井の強打は空転。世界の壁は高かったようです。

 

吉野弘幸(ワタナベ)

1993年にファン・マルティン・コッジ(アルゼンチン)に挑み、5RKO敗け。

日本ウェルター級王座を14度防衛(8連続KO防衛)後、王座を返上して一階級下のスーパーライト級での世界挑戦だった豪腕・吉野。得意の左フックでコッジを脅かす場面もありましたが、それを見切られた後はカウンターをあわされ、3度のダウンを奪われてKO敗け。

木村登勇(横浜光)

2008年にアンドレアス・コテルニク(ウクライナ)に挑み、12R判定負け。

敵地ウクライナで日本の絶対王者、木村登勇が初の世界挑戦。この階級はマッチメイクも容易ではなく、待たされた木村は全盛期を過ぎていました。それを加味したとしても、コテルニクの技巧を崩せたかは定かではありません。

国内では無敵を誇った王者が、12Rの間空転させられ、ほぼフルマークの判定負け。

小原佳太(三迫)

2016年エドワルド・トロヤノフスキー(ロシア)に挑み、2RTKO敗け。

こちらも完全アウェーで臨んだ1戦、国内無敵の小原ですら、王者には無残にも返り討ちにあいました。しかもリング外までふっとばされるダウンを喫し、なんとかリング内に戻るも連打され、レフェリーに救われるという完敗。

そのトロヤノフスキーも、次戦でジュリアス・インドンゴに1R40秒でKO敗けという。。。

近藤明広(一力)

2017年セルゲイ・リピネッツ(ロシア)との王座決定戦で12R判定負け。

リピネッツは当時12勝(10KO)という強打者で、元キックボクサー。怪物のような手の届かないボクサーではなく、近藤もカウンターを軸に組み立てましたが、いかんせん手数とクリーンヒットがなかなか奪えません。手数、的確性が上回ったリピネッツが判定勝利を上げましたが、非常に惜しい内容ではありました。

 

これから世界に挑むのは?

「国内無敵」が最低条件、それでも通用するかどうかわからないのがスーパーライト級。日本王者となった永田大士(三迫)、WBOアジアパシフィック王者(は保持したままだと思います)の井上浩樹(大橋)、OPBF東洋太平洋王者の内藤律樹(E&Jカシアス)、いずれもまだ世界へのゴーサインは出ないでしょう。

そして、国内では頭一つ抜けていた感じのある岡田博喜(角海老宝石)はアメリカに進出するも、世界戦にたどり着けず、という結果(アメリカで3戦して1勝2敗)で、ここからが仕切り直し。

そして、トップランクと契約した平岡アンディ(大橋)もまだキャリアを積む時期。

いつの日か、日本中の期待を背負ってこのスーパーライト級を制してくれる日本人ボクサーが現れてくれることを祈っています。

井上浩樹は手痛い1敗を喫しましたが、まだまだ上を狙える選手だと思います。是非ここから這い上がって、世界に名を轟かせてもらいたいですね。

そして何より、不利な下馬評を思いっきり覆し、大金星とも呼べる勝ち星を上げた永田大士。この勝利で自信をつけ、ここから駆け上がっていける可能性を秘めたボクサー、これからを非常に楽しみにしています!

↓現在のスーパーライト級トップ戦線

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その壁は、高い。

 

 

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