激闘王、八重樫東のキャリアを振り返っているブログです。(第三回)
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2度目の世界タイトル挑戦で、2011年10月24日、WBA世界ミニマム級王者・ポンサワンに挑戦した八重樫は10RTKO勝ちで初戴冠。
その後、日本人初の2団体世界王座統一戦に臨み、WBC王者の井岡一翔との激闘を経て無冠に。
階級を一気に2階級上げた八重樫は、五十嵐俊幸の持つWBC世界フライ級タイトルに挑戦、12R判定勝利を納めて飛び級での2階級制覇を成し遂げました。
そのフライ級王座を3度防衛した際のリング上で、当時無敗のローマン・ゴンサレス(ニカラグア)の挑戦を受けることを発表したのでした。
2014年9月5日 八重樫東、4度目の防衛戦
↓フルファイト動画
ローマン・ゴンサレス(ニカラグア)。当時無敗の2階級制覇王者で、のちのPFPキングです。2020年現在はフライ級より一つ上の階級、スーパーフライ級の王者ではありますが、スーパーフライでは体格で不利になり、敗北も経験しています。
まだキャリアを終えていないチョコラティート(ローマン・ゴンサレスの愛称)ではありますが、その全盛期はこのフライ級の時代というのが一般的でしょう。
威圧感のある構えから、流れるようなコンビネーションを繰り出すロマゴン。まるで歩いたり、呼吸をするかのような自然なコンビネーションは、相手が劣勢に陥れば止まる気配もありません。
2012年にライトフライ級王座を返上してから5連続KO勝利をあげ、どの王者にも避けられていたロマゴン。チャンスを与えたのは、八重樫でした。
ミニマム級時代、日本の誇る天才、新井田豊(横浜光)からタイトルを奪取し、最近でも八重樫が初防衛戦で退けたオスカル・ブランケット(メキシコ)を2Rで粉砕する等、まったくスキのない強さを発揮していたロマゴンはこの時の戦績が39戦全勝33KO。軽量級最強という称号に偽り無く、まさに無人の野をいく強豪でした。
出入りのボクシングを主体としていますが、「激闘王」と呼ばれるように打ち合いを辞さない心構えの八重樫は、闘い方は器用に決められます。いつもこう闘おう、とは決めずに、その時の「風を感じて」闘い方を決めるそうです。
この時も序盤は出入りのスピードを活かしたボクシングが機能しているように見えました。しかし、1R終了後、ロマゴンの圧は想像以上で、12R足を使ってさばくことは不可能、と悟ったそうです。
そして3R、ロマゴンの左フックがカウンターとなって八重樫にヒット、八重樫はダウン。
ここからの打撃戦には、八重樫の悲壮な覚悟が見えます。スピードでひっかきまわすのは潮時。特攻と例えられてもおかしくないようなラウンドが続きます。両者のパンチが当たる距離での打撃戦。ロマゴンのパンチは正確無比で、かつ明らかにダメージが残りそうなパンチ。
この日は勿論私も現地にいましたが、毎ラウンド、祈るような思いでいました。
地力の差か、傍目に見ても徐々に押されていく八重樫。
逆転の芽を摘み取っていくかのような、理詰めのボクシングのロマゴン。
ラウンドが進むにつれて絶望の色が濃くなっていくような展開の中で、それでも諦めずに闘う八重樫の姿は、見ている人たちに感動を与えてくれたものでした。
見ている方が諦めたくなるようなこの試合展開の中で、最も粘り強く、最後まで諦めなかったのは八重樫東、その人だったかもしれません。
9R、ダウンを喫した八重樫に、レフェリーはストップを宣告。
八重樫東は男らしく闘い、見事に散りました。負けてなお、男を上げた八重樫東。既に実績としては十二分、これで引退しても何もおかしくないところまできていましたが、引退の「い」の字もだすことはなく、再起。
WBC世界ライトフライ級王座決定戦
再起戦で3階級制覇をかけてのチャレンジとなった八重樫。ローマン・ゴンサレスと激闘を演じた八重樫にとっては、ペドロ・ゲバラ(メキシコ)に勝って3階級制覇を成し遂げる事は実力的には充分可能だと思っていました。
しかし、フライ級から階級を下げての挑戦であること、ロマゴン戦から3ヶ月というインターバルでダメージが抜けきっているのか、不安もありました。
ゲバラは懐が深い。身長は八重樫と大差なくとも、リーチ差があります。
中間距離で闘いたいゲバラと、中に入りたい八重樫。アップライトにかまえるゲバラは、超攻撃的なメキシカンタイプではない分、怖さは少ないように思いました。
長いジャブとストレートを主武器にするゲバラに対し、前半をやや有利にすすめた八重樫。2Rにはゲバラは右目上をカットします。
4R終了後の途中採点でも、八重樫の優勢。(1人はドロー。)
ゲバラはガードが固く、腕も長いのでガードに徹するとボディまですっぽり覆われてしまいますので非常にやっかい。7R、ゲバラの右目上の傷をドクターがチェック。これはTKOがありそうな展開です。このラウンド中盤、右のクリーンヒットを奪ったゲバラ、終盤に八重樫の左ガードがあいたところに素晴らしいタイミングで左ボディをつきさします。
ここで八重樫はダウン、そのままストップ負け。
ペドロ・ゲバラの7RTKO勝利。
やはり八重樫は本調子ではなかったのかもしれません。減量のせいか、顔も腫れやすくなっているようにも見えましたし、大きな試合のあとでモチベーションも上がらなかった可能性もあります。
なんとも衝撃的な敗北となってしまった八重樫。3階級制覇という偉業にたちこめた暗雲は、今後の八重樫のボクシング人生を心配させるほどのものでした。
この試合も現地観戦していましたが、本当にショックが大きかったです。とはいえ、この日はこの後のメインイベントで登場した井上尚弥(大橋)が、名王者オマール・ナルバエス(アルゼンチン)に圧勝して、全て持っていってしまいましたが。。。
再起
もう何度目かの再起。元世界2階級制覇王者という肩書、軽量級にいながらも30歳を超える年齢を考えると、もう続けていく意味は少ないようにも思えます。
しかし、この諦めない心こそが八重樫東の真骨頂でもありました。
敗北から約半年、タイ人を相手に2RTKOで再起。その3ヶ月後にインドネシア人を3RTKOで降します。
IBF世界ライトフライ級タイトルマッチ
2015年12月29日、有明コロシアム。またも井上尚弥をメインに据えた興行で、3階級制覇への再挑戦。
相手はハビエル・メンドサ(メキシコ)。24勝19KO2敗1分という長身サウスポーのハードパンチャー。八重樫にとっては、非常に厳しい闘いになりそうな予感がしていました。
特に打ち合えば危険なハードパンチャーに対し、打ち合ってしまわないか、という心配。逃げない、退かないも八重樫の魅力ではありますが、メンドサは危険すぎます。
出入りのボクシングで上手く闘えるか、それとも「風を感じて」打ち合いに行ってしまうのか。危険極まりない、当時24歳と若いメンドサ相手に打ち合ってほしくはない、そんな気持ちでした。
↓フルファイト動画
しかしその心配をよそに、この日の八重樫の出来は出色でした。
かつてエドガル・ソーサとの防衛戦、もしくはこのハビエル・メンドサ戦が八重樫のベストパフォーマンスだったといっても過言ではありません。
出入りのボクシングでメンドサを翻弄、近い距離でパンチをまとめることも上手い。
後半、劣勢になる場面もありましたがそこを気力と技術で持ち直し、最終回にはメンドサをダウン寸前まで追い込む完勝。
八重樫のテクニック、ハートの強さを改めて見た思いでいました。
フライ級からライトフライ級に落としてすぐに世界挑戦したペドロ・ゲバラ戦は、やはりライトフライ級にマッチしていませんでした。ここにきて、八重樫は本当のライトフライ級に仕上げ、勇敢なハートを持ってハードパンチャーの王者に挑み、見事3階級制覇を達成してみせました。
スピード、瞬発力がパワーよりも重視される軽量級においては、32歳という年齢は足かせとなるはずです。それでも不屈の精神で這い上がり、またも頂点に返り咲いた八重樫。倒れても倒れても立ち上がるその姿はまさに「激闘王」の名に相応しいものです。対戦相手だけでなく、自分との闘いにおいても貫き通した「激闘王」の美学。
だからこそ、私達はその姿に大きな感動を覚えるのでしょう。
そして試合後、メンドサが新王者八重樫を称える姿にも感動を覚えました。八重樫の子どもたちに話かけるメンドサ。敗れてもなお王者としての矜持を持つ素晴らしいボクサーでした。
防衛戦と暫定王者との統一戦
初防衛戦の相手は、マルティン・テクアペトラ(メキシコ)。このボクサーはお世辞にも強豪とは言えないボクサーではありましたが、八重樫は戦前怪我で思うように練習できず、大苦戦。僅差の判定で退けたものの、非常に心配になる試合でもありました。
しかし、大一番でベストパフォーマンスを披露した次の試合、というのは気負いもあり、しかも今回は調整失敗といってもいい出来で、とりあえず生き残ったことは収穫。
2度目の防衛戦の相手はサマートレック・ゴーキャットジム(タイ)。サマートレックは井上尚弥にも挑戦経験があり、大橋陣営としても手の内がわかっているやりやすい選手でもありました。
この試合も素晴らしいパフォーマンスを披露した八重樫。サマートレックに付け入るスキを与えず、自分がやりたいことをやる。まるで時間軸が違うかのような八重樫のボクシングは見ていて本当に気持ちの良いものでした。
この試合は被弾も少なく、顔を腫らすこともなく11RTKO勝利。
暫定王座との統一戦ミラン・メリンド
↓フルファイト動画。衝撃の敗北。
八重樫は引退するまでの間、7度の敗北があります。その中でも、このミラン・メリンド(フィリピン)戦の敗北は、ゲバラ戦と同様にショッキングな敗北の一つです。
メリンドは確かな技術を持った好ボクサーではありましたが、八重樫が完勝したハビエル・メンドサに負傷判定ながら大差で敗れており、前戦のサマートレック戦を見る限り八重樫に死角はないように思えました。
しかし蓋を開けてみれば、1Rに3度のダウンを奪われ、1RTKO負け。
このラウンド半ばにもらったメリンドの左フック、これが全てだったと思います。決して八重樫の動きも悪くなかったと思うのですが、やはりボクシングという競技は恐ろしい。一発で試合が決まってしまうこともあります。
「1RTKO負け」という信じられない結果を突きつけられた激闘王は、この頃引退をほのめかしてもいます。実績は3階級制覇と充分、そしてこれまでの激闘の中でのダメージの蓄積もあります。
しかし、周囲の心配をよそに、八重樫は現役続行を決めます。ブスブスとくすぶっている火種を再度燃やし、可能性が薄いと思われる世界王座への返り咲きを目指す八重樫。
で、あるならば。
これまでたくさんの感動をもらった我々ファンは、その恩を返さんと応援せざるを得ないのです。これが最終章、と祈りながら、どのような結末になろうとも、との覚悟を決めて。
Part4へ続く