信太のボクシングカフェ

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ボクシングが大好きです。大好きなボクシングをたくさんの人に見てもらいたくて、その楽しさを伝えていきたいと思います。

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12/28、村田諒太とゲンナディ・ゴロフキン。終幕に近づく、村田諒太の漫画みたいな物語。

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Report: Gennady Golovkin vs. Ryota Murata Agree In Principle To Middleweight Title Fight | FIGHT SPORTS


ゲンナディ・ゴロフキンvs村田諒太。

12/28という日程まで発表されたこのカードは、本当に実現するのでしょうか。

このタイミングでの発表ということで、両者ともに夏頃、一戦挟むのがスケジュール的に丁度良いとは思います。

できれば同じ興行に出場し、両者がしっかりと防衛しさえすれば、(特に日本で)盛り上がること請け合いであり、このマッチアップは日本ボクシング界最大のアイコンの一人である、村田諒太に用意された花道のようにも思えます。

思えば村田諒太というボクサーは、まるで少年漫画の主人公のようなボクシング人生を歩んできました。

もうひとりの日本ボクシング界最大のアイコンである、井上尚弥は違います。彼はラスボスの方です。

 

少年漫画の主人公は、挫折を味わってはそれを乗り越えて、より強く、よりたくましくなっていくことが多いと思います。そして最後に、最大の強敵と巡り合う。少年ジャンプで言うと、(今も言うのか?)「友情」「努力」「勝利」です。

孫悟空が最初から最強だったわけではなく、立ちふさがる敵を倒しつつ、徐々に強くなり、時に絶望を味わい、修行して、より強い相手を打ち負かす。村田のボクシング人生においては、その注目度の高さからそれが顕著に現れています。

そういった周りの目にも見えた挫折を乗り越えていきながら、それでもそれを克服する様は、見ている人に「不可能なんてない」そう思わせてくれます。

 

第一章

家庭環境を原因として、荒んだ少年時代を過ごした村田は、その延長線でボクシングの道へ踏み込みます。

はじめた頃はやったりやめたりの繰り返しだったボクシングを、中学3年生の頃から真剣に習い始め、高校はボクシングの名門校、南京都高等学校に進学。

腕っぷしと運動能力に自信のあった村田少年でしたが、アマデビュー戦で初黒星。しかしそこからそのポテンシャルを遺憾なく発揮し、高校5冠という栄誉に輝きました。

高校6冠を目指しますが、高校3年の国体で全国へ出場できず、高校生ながら全日本選手権へ出場、後の世界挑戦経験者、佐藤幸治に1RRSC負けを喫します。

その後、全日本選手権で優勝、国際大会でも実績を残しますが、北京五輪への出場権をかけた国際大会では敗退、一度現役を引退。

母校の東洋大学ボクシング部のコーチとして勤務しますが、元部員が起こした不祥事をきっかけに部が活動自粛に追い込まれます。そのことで、後輩たちを引っ張っていくという意味で現役復帰を決めた村田は、全日本選手権に出場し、3連覇。

その後も国際大会で優勝、世界選手権で準優勝という快挙を成し遂げたあと、ロンドン五輪に出場し、見事金メダル。ここで村田諒太の物語は、一つの完結を見たと言って良いでしょう。

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第二章

その後紆余曲折を経てプロデビューした村田。

本人の、そして周りの様々な思いが交錯する中、プロデビュー戦は異例の現役OPBF王者が相手。ここで強さを見せた村田は、それまで以上に注目されることとなりました。

プロデビューからしばらくは、今思えばプロボクシングに適用するための期間とも思える試合内容。良い動きができている時は少なかったかもしれません。

幾度となく村田の試合は生観戦してきましたが、「素晴らしい」と思えるパフォーマンスにはあまり巡り会えなかったような気がします。

しかしその間、トライ&エラーを繰り返した村田は、徐々にプロの村田諒太というスタイルを獲得していったのかもしれません。

 

そしていよいよ世界初挑戦。

しかしこの初挑戦は実らず、大方の予想に反して判定負け。

手数の少ない、やや不甲斐ない試合。ダウンを奪う見せ場をつくったものの、回復力の高いアッサン・エンダムをリスペクトしすぎて詰めきれず、惜しくも星を逃しました。

しかし時勢は村田を指示、世論やWBA会長の直々のお達しもあり、ダイレクトリマッチを勝ち取ります。この挫折を乗り越え、リマッチでは完璧に決着をつける7R終了TKO勝利で世界王座を初戴冠。

2017年10月22日、忘れもしないあの嵐の夜、とうとう村田は世界王者となったのです。

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第三章

期待されていた世界王者となった村田は、ミドル級においては日本人史上二人目、金メダリストとしては日本人史上初の世界王者。

初防衛戦は地力に勝る相手に痛快なTKO勝利を飾り、いよいよ夢のビッグマッチへ動き出します。

まずはアメリカへの挨拶とばかりに、ラスベガスでロブ・ブラントを迎えますが、ここでまさかの敗戦。このブラント戦をクリアしさえすれば、ゲンナディ・ゴロフキンとの対戦が待っていた、という試金石の防衛戦で、ブラントのスピードについていけず、ほぼフルマークの完敗。

この敗戦で、村田の評価は地に落ちたと言っても過言ではありません。

 

日本ではまだまだ期待されてはいたものの、ミドル級にも関わらず、おそらくアメリカでは村田の評価は著しく落ちたのではないでしょうか。

大きな大きな、試練の敗戦。

その5ヶ月後、新王者ブラントは無敗の挑戦者、ハサン・バイサングロフを11RTKOで退け、盤石の王座防衛。

村田は、「あの試合がボクシング人生の最後ではいけない」との思いから再起を決意、再起戦を行う予定でしたが結局はロブ・ブラントとの第二戦が決定しました。

大方の予想は、村田不利。

ともすれば日本の大スター、村田のキャリア最後の試合ともなるであろう一戦は、ある種の悲壮感が漂うものだったように思います。

 

オリンピックで金メダルを獲得し、世界王者となった初めての日本人。その偉業は、ここで負けたとしても色褪せるものではありません。

欧米人と比べて、体格に劣るアジアの一国のボクサーが、世界で最も層が厚いとも言われるミドル級で王者となり、そして防衛もしました。有史以来、1995年に竹原慎二がこのミドル級のタイトルを獲得してから20年強、日本人がようやく掴んだミドル級のベルト。実績としては、もう十分だとも思いました。

しかし、このブラント第二戦は、自信をつけたブラントが前戦よりも近い距離で戦ったこと、そして村田自身は攻撃的ボクシングに磨きをかけ、迷いなくその力を前進してぶつけることができたこと、様々なことが相まって結果的には2RTKO勝利を挙げ、このタイトルを奪還。

日本人のミドル級史上、初の王座返り咲きを果たすという偉業を、そのキャリアに付け加えました。

その後の防衛戦はおまけみたいなものかもしれません。地力に劣るスティーブン・バトラーを、ブラント戦と同様に力でねじ伏せて初防衛に成功。

 

そして伝説へ

村田が、現代のミドル級ボクサーの中で最強だ、とは口が裂けても言えません。

ゲンナディ・ゴロフキン、ジャモール・チャーロ、デメトリアス・アンドレーデ。その他の王者たちには、知名度も、おそらく実力も及ばないかもしれません。

それでも尚、自身が「階級最強」でないことを知っている村田のその振る舞いには、非常に好感が持てます。正しくは、「階級最強を証明していない」ということを自分で「わかっている」上、ファンがわかっているということを「知っている」。

それを、ある時はインタビューで、ある時は勝利したときのリングの上で、包み隠さず語ってくれていることは、自身の立場も、ファンの想いもわかってくれているのでしょう。

 

あえて言わせてもらうと、ここまで、村田諒太はミドル級の本当の強豪との対戦は、ほぼありません。ロブ・ブラントが如何ほどのものなのか、というのは、次戦、6/26のトップランク興行で、カザフスタンのプロスペクト、ジャニベック・アリムハヌラ戦が示してくれるかもしれません。このアリムハヌラ(アリムカヌレ?)は強豪です。

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以前の報道では、村田とブラントの間には再戦条項もあった、ということだったと思います。しかし、村田の興味は、いや我々の興味はもうブラントにはありません。

村田は、ただひたすらにゲンナディ・ゴロフキン戦に向かっています。

この試合でたとえ負けたとしても、それが納得のいく負け方であれば、村田のキャリアはそれで終わりでも全く問題ないでしょう。個人的には、ミドル級のトップオブトップにたどり着いただけでも称賛に値するレベル。少なくとも私としては、勝ち負けは二の次であり、言ってしまえば、村田諒太の「伝説」の終焉は、本来この一戦だけで良い。

ただ、12/28という、やや遠い、具体的な日程まで出ているぶん、やはりブランクが気になってしまいます。そうなると、やはりもう一戦、挟んでもらったほうが期待は持てます。

 

日本では、外国人受け入れの問題や、東京オリンピックの云々があって難しい、ここはやはり、ゴロフキンとの共演、ラスベガスで今度こそ防衛戦での勝利をもぎ取ってきてもらいたいのが本音です。

そして世界が納得する形で、GGGvsムラタという、日本人にとっては夢のビッグマッチを、東京ドームで見たい。明らかにゴロフキンの全盛期は過ぎました。では村田は?

「もし勝てば。。。」もしくは「こういう闘い方であれば勝てるのではないか。。。」という夢は、またの機会に記したいと思います。

 

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