いよいよ、いよいよです。
2021年上半期最後にして、最大のビッグマッチと言って良い、ワシル・ロマチェンコvs中谷正義。
タイトルホルダーではなにしろ、現役最高峰のボクサーであるロマチェンコ戦に、地力で辿り着いた中谷正義。ライト級は本来の階級ではないと発言しながらも、ロペスへの雪辱に燃え、ライト級での再起戦を選択したロマチェンコ。
現在、二人のボクサーの立ち位置は異なります。
当日に向けて、限りなく高まっていく期待と不安と、楽しみと。
二人のボクサーがどんなドラマを見せてくれるのかとワクワクしながら、このロマチェンコ戦を勝ち取った中谷正義の偉業を振り返ることで、中谷のビッグアップセットに期待を膨らませていきたいと思います。
↓本当は最後にしようと思っていたプレビュー記事。最後になりませんでした。
伏龍
中谷が日本全国にその名を轟かせたのは、6戦目、土屋修平(角海老宝石)との打撃戦を制した時でしょう。当時評価の高かったハードパンチャー、土屋を相手に見事なアップセット、この頃の中谷は今ほどボクシングは完成されてはいませんでしたが、若さ、勢い、そして格闘センス、非常に非凡なものを感じさせるボクサーでした。
その後、7戦目で加藤善孝(角海老宝石)を破り、OPBF東洋太平洋王座を獲得します。
この王座を11度防衛。
まず、このOPBF王座を一つも取りこぼすことなく、また辛抱強く11度も防衛したことに敬意を表すべきでしょう。OPBFはあくまでも通過点という意味合いが強く、特に現代においてはWBOアジアパシフィック王座もあり、やや権威に乏しい。
ただ、このOPBF王座というものの歴史は古く、もともとはOBF東洋王座、日本、フィリピン、タイの3ヶ国間で始まった王座です。
そのタイトルをしっかりと防衛していくことで地力を養った中谷が、ようやく陽の目を見たのはIBF世界ライト級挑戦者決定戦でした。
ここまで、アジア圏で王座を防衛していた中谷でしたが、気づけばIBFランキングは3位、そして飛ぶ鳥を落とす勢いの米国プロスペクト、テオフィモ・ロペスが4位。
指名試合に厳格なIBFは、挑戦者決定戦を中谷とロペスに指示、そうしてアメリカでの一戦が決まりました。
飛翔
正直、当時中谷の所属していた井岡ジムのマッチメイク力では、ライト級の世界タイトルに辿りつくにはこのIBFの指名挑戦権を勝ち取ることしかなかったでしょう。それを辛抱強く待ち続けた中谷ですが、相手はアメリカが超期待するあのテオフィモ・ロペス。アメリカのプロスペクトの中でも、大きな大きな期待を受けるロペスが相手というのは、個人的に言うと中谷の不運を嘆いたことを覚えています。
結果的に、このロペスに中谷は大差判定負けを喫してしまいます。
ただ、この試合内容としては大接戦、ロペスにとってはキャリアで最も苦戦した試合でしたし、試合後、思い通りに戦えなかったロペスが大泣きしたことも多くのニュースになっていました。
個人的に最も驚いたことは、そのキャリアのほとんどを関西圏で戦っていた中谷正義というボクサー(そこまで18戦中16戦を関西圏で戦い、2戦は後楽園ホール)が、世界が注目するプロスペクト相手に、しかもアメリカで、全く臆することなく堂々と戦う姿。
少しは萎縮しても良さそうですが、そのような感じは微塵も感じませんでした。
このボクサーは、鋼鉄のハートを持っています。
プロスペクト、ロペスに、大きな大きなバイアスがかかってしまったこの判定結果は物議を呼びました。勿論その判定結果が覆るわけもありませんし、覆るほどのものでもありませんでしたが、ポイント差以上の開きがなかったことは誰の目にも明らか。
中谷は、本場でトップオブトップと戦える実力を示しましたが、自身の美学にのっとって一度引退。
思いっきりタラ、レバを言わせてもらうと、もしこの挑戦者決定戦の相手がロペスではなかったならば?
おそらくは中谷は、既に世界王者となっていたことでしょう。
もし、中谷の所属が井岡ジムでなく、帝拳ジムだったら?
もしかすると早期の世界挑戦が実現していたかもしれませんし、もしかすると埋もれていたのかもしれません。
ともあれ、元々持っているハートの強さは、OPBFの長い防衛期間、在位にして5年という間に、ボクシングの技術とともに磨かれ、繰り返し繰り返し練習してきたボクシングスタイルは、超大型プロスペクト、テオフィモ・ロペスに通じました。
誰もが中谷の復帰を望み、きっと帰ってきてくれるだろうと信じて待った結果、多くのボクシングファンの期待通り、帰ってきた中谷正義。
捲土重来
電撃復帰、電撃移籍、そして復帰戦の相手は、世界王者を確実視される、フェリックス・ベルデホ(プエルトリコ)。
もっと安全な道はなかったのか。
コロナショックで国内興行が制限された中、日本のライト級はまるでトーナメントのように最強決定戦へ向かっていました。
そこに参戦することなく、3段飛ばしくらいでいきなり世界のトップ下ほどのボクサーに挑む事になった中谷は、まさにアンダードッグ。
試合が内定した当初、中谷は大阪に暮らしており、このベルデホ戦へ向けての準備期間は1ヶ月ほどだったと聞いています。しかも前戦は2019年7月、約1年半のブランクがあり、しかも引退後は完全にボクシングから離れた生活。
普通に考えて、受ける試合でもなければ、勝てる試合でもありません。
帝拳陣営がどのような思いでこの試合を組んだのか定かではありませんが、結果的には大成功。
このベルデホ相手に、1R、4Rに痛烈なダウンを奪われ、その後も効かされはするものの、9Rに壮絶な大逆転ノックアウト勝利を挙げ、全米に大きな大きなインパクトを残しました。
一時期、低迷したベルデホも、イスマエル・サラスとのコンビを組んだことによって上り調子。かつてワシル・ロマチェンコは、アマ時代に戦った中で、最も強かった選手としてベルデホの名前を挙げていた、というほどのボクサーは、「ディアマンテ」というニックネームの通り、その輝きを取り戻しかけていたところでした。
フェリックス・トリニダード、ミゲール・コット。その後に名前が続くはずだったベルデホは、この敗戦により後退、その後はボクサーとしてではなく、人としても道筋も失ってしまいました。
好機到来
逆に、この勝利で一気に名前を上げた中谷正義は、ロマチェンコから直々に再起戦の相手として指名。かつて、ロマチェンコは井上尚弥のことを聞かれた時に、「よく知らないが、早い回で倒すボクサーらしい」くらいの認識しかない、と言っていました。当時のPFPランキングで、自身に迫る勢いのあるボクサーを殆ど知らない、ということがあり得るか。これはある種、ロマチェンコのプライドの高さを示すエピソードだと思っていますが、他のボクサーのことを気にしていないフリをするプライドの高いロマチェンコに、「ナカタニ」という名前を出させたことだけですごいことだと思います。
ロマチェンコとしても、ロペスを大いに苦しめた中谷に快勝することで、ロペスへの再戦をアピールする狙いがあるのでしょう。
ただ、ロマチェンコは負ければ、そのプライドの高さから、キャリアを閉じてしまうことも考えられます。勿論これは、中谷にも言えることなのでしょうが。
ロペスvsロマⅡが、もしくはロペスvs中谷Ⅱが、結果締結するかどうかはまだわかりません。しかし、この一戦の勝者は、間違いなくロペスへの再戦へ一歩前進するはずです。
ロペスの去就はまだわかりません。当初、6/19に予定されていたジョージ・カンボソスJr(オーストラリア)との一戦は、ロペスのコロナウィルス感染により流れ、8/14という日程でセットされましたが、この日程も伸びるというニュースも出ています。
ウェイトに問題を抱えているという噂のロペスは、中谷、ロマチェンコとの再戦がクローズアップされることで、スーパーライト級への転級をするかもしれません。
そうするとロマチェンコにとっては大痛手、中谷にとってもロペスに雪辱したい思いはあるでしょう。ただ、中谷の目標は「世界王者」となることであり、そこは誰が相手でも良いかもしれません。
予想は間違いなくロマチェンコ優位。ロマチェンコは衰えたわけでもなく、ロペス戦での敗北は、いわゆる「リロード」に時間がかかりすぎてしまったこと。おそらく、ボクシングIQの高いロマチェンコは再戦に強い。
勝つことよりも、負けることのほうが学ぶことは多い、とよく言います。
しかし、ロマチェンコは勝ち続けながらも何かを学び、勝ち続けながらおそらく自身を修正し、更に勝ち続けて来たようなボクサーです。
プロボクシングで最初にプロの洗礼を浴びたオルランド・サリド戦、その後のロマチェンコは驚異的な強さを見せました。そして前戦の敗戦、ロペスの圧に屈し、前半から中盤にかけて全く手が出なかったという事実が、どのような変化をロマチェンコにもたらすのか。怪我云々は抜きにして、間違いなく、中谷戦のロマチェンコはライト級では過去最強。
そして、中谷正義もおそらく過去最強。
今回はしっかりとした準備ができること、そしてアメリカのリングへの慣れ。本来の力を遺憾なく発揮できる状況ではないでしょうか。
ワシル・ロマチェンコと中谷正義。言い訳無用のデスマッチは、ウィナー・テイクス・オール。勝って、次に進むのはどちらか。
ともあれ、この試合に自力で辿りついた中谷正義の偉業を称え、そして勝利を信じ、当日、運命の時間を楽しみたいと思います。
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