日本人ボクサーが、2週連続でラスベガスのリングに上がる。それも、ともにメインイベントで。
WOWOWのエキサイトマッチが始まった30年前、誰がこんなことを想像できたのでしょうか。
WOWOWのエキサイトマッチは「海外のトップレベル」のボクシングを見せてくれる番組で、日本のボクシングとは一線を画す。国内ボクシングとは全く別のボクシングとして見ていたような記憶さえありますね。
しかしそのエキサイトマッチを見て育ったボクサーが、そのリングに立つ。それはここ数年顕著であり、西岡利晃、亀海喜寛といったボクサーを経て、今回の井上尚弥、中谷正義という快挙につながります。
井上に関しては、あのエキサイトマッチのオープニング映像に入っても全く違和感のないところまで登り詰め、中谷はエキサイトマッチでの放映は3戦目ながら、相手のロマチェンコはたしかデビュー戦からずっとエキサイトマッチが放送してくれているボクサー。
日本のボクシングファンにとって、非常に感慨深くもある一戦、今年の上半期最も注目される一戦だと思います。
本日のブログでは、そんなスペシャルな一戦、ワシル・ロマチェンコvs中谷正義をメインに据えた、トップランク興行の観戦記です。
6/26(日本時間6/27) トップランク興行
この興行の前座で、帝拳の村田昴のデビュー戦。対戦相手は、1勝(1KO )1敗のケヴェン・モンロイ(アメリカ)。
元トップアマ、村田は体つきとしてはかなりフィジカルが強そうな感じですね。ラスベガスでデビュー戦ながら、非常に落ち着いた雰囲気の村田は、大器を感じさせるボクサーです。
素早くサイドにまわり、ジャブをつく村田。モンロイはかなりラフに攻めてきます。しかししっかりと足でかわす村田、コンビネーションも鋭い。
初回の後半には、村田のコンビネーションがおもしろいように当たるようになりました。
2R、モンロイはかなりブンブン振ってきます。それでも慌てず、この振ってくる左フックにあわせてコンパクトな右フックカウンター。秀逸です。
ロープ煮詰めたモンロイにワンツーをヒット、距離が詰まったところでその離れ際に見事な左をヒット、倒れたモンロイを見てレフェリーはストップ。
非常に不満そうなモンロイ。ちょっと止めるのは早くは感じましたが、実力差が明確であり、ともにキャリアが浅いということを考えると致し方ないのかもしれませんね。
素晴らしいボクサーが、また帝拳からデビューです。ここからアメリカ路線でやるのも良いですね。なかなか日本では相手がいなさそうです。
ミドル級10回戦
ジャニベック・アリムハヌリ(カザフスタン)9勝(5KO)無敗
vs
ロブ・ブラント(アメリカ)26勝(18KO)2敗
日本の誇るミドル級、村田諒太と1戦1敗、元世界王者のブラントを迎え、カザフスタンのアリムハヌリのテストマッチ。
初回のゴング、ブラントの動きは悪くありません。しかしアリムハヌリもどっしりとした構えからプレスをかけ、こちらのパンチもキレています。
1分すぎ、サウスポーのアリムハヌリの左ストレートがブラントにヒット。
アリムハヌリは大きめのフェイントをかけてブラントを牽制、ブラントはやや大げさに反応しているように見えますね。ボディへの左ストレート、入り際のアッパーでアリムハヌリのパワーを感じてしまったのかもしれません。
2R、解説の村田、長谷川氏が言うように、ブラントはあまりサウスポーが得意ではないかもしれません。ジャブの出し方もそうですし、前足の出し方、ポジションのとり方にしてもやや中途半端。
中盤、ブラントのジャブが届き始めたかと思ったところで、アリムハヌリの左がヒット。ブラントは思うように戦えていませんね。
3R、リング中央から仕掛けるアリムハヌリに対して、ブラントはサークリングとバックステップ。ただ、かわす時の前足のポジショニングも良くないので、アリムハヌリの左が届いてしまいます。
4R、展開として、ブラントはかなり苦しい。手が出ず、ほとんどジャブしか出ないブラントに対して、アリムハヌリはパワフルな攻撃を仕掛けます。余裕の出てきたアリムハヌリは、リラックスした状態から鋭いジャブ、そして強烈な左ストレートで明らかにペースを掌握。
5R、まだ突破口を見つけられないブラント。幾度となくアリムハヌリの左がブラントを襲います。打たれ強い方ではないブラントは、少し心配です。
6R、開始早々にアリムハヌリの左のショートストレートで効かされたブラント、ステップ中に力が入らず、膝をつくダウン。カウント内に立ち上がったものの、足元にダメージは見て取れます。
フラフラのブラント、残り時間はたっぷりあります。アリムハヌリは歩いてプレッシャーをかけて、かなり余裕を見せています。
結局、強引に詰めにこないアリムハヌリに救われた形のブラント。
7R、ブラントは腹を括ったのか、これまでで一番アグレッシブに出ます。しかし、パワー差、というかパンチの的確性はアリムハヌリ。
8R、相変わらずアリムハヌリの左が当たり、ブラントの右は当たりません。このラウンド、アリムハヌリは左アッパーを巧打、そして左ボディをヒット。ブラントはボディが効いてしまったか、より消極的になってしまい、このラウンドのほとんどの時間をサークリング、ただ逃げるためだけに使ってしまいます。
そしてこのラウンド終了後、ロブ・ブラント陣営が棄権。
ジャニベック・アリムハヌリ、8R終了TKO勝利!
アリムハヌリ、良いパフォーマンスでしたね。ブラントは何もできませんでした。
本当に元世界王者か、というくらいの闘い方をしたブラントでしたが、これが実力なのか、それともブラントの良さをアリムハヌリが消したのか。
前者であれば少し寂しい気もしますね。
さて、このアリムハヌリ、これで世界タイトルへの最終テストをクリアしたと言って良いでしょう。素晴らしいジャブとストレートを持ち、闘い方に巧さを感じます。きっとそれで、硬質なパンチを持っているのでしょう。
現在、WBOの世界ランキングで2位というアリムハヌリ。WBO王者は、あのデメトリアス・アンドレーデ。やりにくい王者に、このアリムハヌリがどのように挑むのか、というのは非常に興味深いですね。試合枯れしがちなアンドレーデであれば、カザフスタンというナショナリズムを持つアリムハヌリも、挑み易いかもしれません。
ライト級12回戦
ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)14勝(10KO)2敗
vs
中谷正義(帝拳)19勝(13KO)1敗
そしていよいよメインイベントが来てしまいました。かつてのPFPキング、ワシル・ロマチェンコの再起戦に指名された中谷正義。
中谷が一度引退を決めた時、日本中のボクシングファンがその才能を惜しみました。
そして(実際はそうでないのはこれまでのインタビューの通りですが)結果的にファンの期待に応えるようにリングに帰ってきたのは昨年12月の話。
そこから約半年、復帰第二戦で決まったのは史上最高傑作とも言われるワシル・ロマチェンコとの一戦。
しかも、ロマチェンコは前戦、万全の状態ではないとはいえ敗北を喫しています。かつて無双を誇ったロマチェンコではない。
現在のロマチェンコは、「適正階級ではない」、全うに黒星をつけられたボクサー。
そして中谷はというと、復帰戦、1ヶ月という短い準備期間で、しかもラスベガスのリングで、世界王者を嘱望されたフェリックス・ベルデホ(プエルトリコ)をノックアウトしたボクサー。否が応にも期待は高まります。
頭はロマチェンコ予想、しかしハートは中谷への期待。おそらく多くの日本のボクシングファンが、中谷の奇跡を期待する一戦。
いよいよゴング。息が止まりそうです。
まずは中谷が鋭いジャブ。良いジャブです。中谷の調子は良さそうです。ロマチェンコは前戦、初回にはほとんどパンチを出しませんでしたが、今回は自らジャブを突き、ステップイン、近くなったところで左ストレートをヒット。大きくのけぞる中谷は、少し見栄えがよくありませんね。
2分ほどのところでバッティング、ロマチェンコは額から出血、そして中谷は右目まぶたが赤くなっています。
この後ロマチェンコはやや下がり気味の対応、大きなステップでここは無理には攻め込みません。このそれぞれの傷は、この後の闘いに影響するか。
2R、体全体でリズムをとり、モーションの全くない左ストレートをヒットするロマチェンコ。このロマチェンコの左ストレートでのけぞってしまう中谷は、やはり見栄えが悪い。
上体を大きく動かしながらパンチを振るう中谷は、それをかわされてパンチを当てられるとかなりのけぞってしまいます。
それでも全く臆することも、気負うこともない中谷、このロマチェンコの多角的な攻撃に慣れた後半が勝負時かもしれません。それまで耐えてもらいたい。
3R、やはり中谷のジャブは悪くない。ビシっと鋭いジャブは、ロマチェンコのガードの上からでも当てれば見ている側にも安心感が生まれます。
そこから放たれる右ストレートも、ガードの上からでもとりあえずは十分です。
しかし1分すぎ、ロマチェンコの左ストレートで顔を跳ね上げられる中谷。この左は殆ど見えていないかもしれません。
更に、がっちりしているロマチェンコのガードに対し、中谷のガードはパンチを出しやすくする分、ややルーズ。これはロマチェンコにとってはパンチを当てやすいかもしれません。中谷は、自身が安全と思っている距離でガードがルーズになっているのかもしれませんが、遠い距離でも、ロマチェンコは数段階、素早く踏み込んでくるので安心できる距離ではありません。
4R、身体全体を動かすステップワーク、ボディムーブ、コンビネーション、やはりロマチェンコは速い。パンチ単体のスピードでいうと、中谷も負けてはいませんが、ロマチェンコのパンチは速いだけでなく、ガードポジションから最短距離で飛んでくる分、たちが悪い。
ただ、近い距離で中谷のボディがヒット。ロマチェンコは一瞬効いたような素振りも見せましたが、これはローブローでしょうか?
いずれにしろ、この一戦、中谷勝利の鍵はボディブローにありそうです。
5R、中谷はリードをやや伸ばした状態でくるくると弧を描くという動きを見せ、ロマチェンコを牽制。そこからジャブを打ち、これはなかなか有効に見えます。
そこからのワンツーもブロックの上ながらヒット、クリーンヒットせずとも届けば良い。
残り1分ほどのところでは中谷は左ボディの他、右ボディアッパーもヒット。しかしその後、近い距離でロマチェンコに押し倒されるように中谷がダウン!体勢を崩した時にパンチをもらってしまったのでダウン判定となりましたが、これは非常にもったいない。ともすればこのラウンド、中谷に流れそうだったのに。
スローが流れると、クリンチしたところからロマチェンコが左フックを放ち、それで体勢を崩してしまったんですね。ロマチェンコはクリンチから抜け出す技術が素晴らしい。
6R、ダメージはない中谷、左リードを使い、良い右で攻めますが、ロマチェンコが逆襲。1分すぎ、中谷のジャブの打ち終わりにロマチェンコは左ストレートから右フックをフォロー。これがクリーンヒットし、下がった中谷を追いかけたロマチェンコは、ロープ際で中谷を攻め立てます。
ここで何度も大きく顔を跳ね上げられた中谷、大ピンチ!
そこから脱した中谷は、心折れることなく今度はプレス。ポイントをピックアップしたロマチェンコは、その後手数は少なめ、カウンター狙いのボクシング。
中谷のジャブの打ち終わりを狙っていますね。
7R、ここまで明らかな劣勢も、強気な中谷はプレス。ジャブは悪くない。しかしロマチェンコの動きは速く、入る時に足音もなく忍び寄る、まるで忍者のよう。
中谷の右目はかなり塞がってきているように見えます。バッティングの影響も、その後もらい続けている左ストレートの影響もあるのでしょう。
8R、後がない中谷はプレスをかけてワンツーで攻め込みます。懐に入られればクリンチで分断。ロマチェンコの入り際、右アッパーを繰り出しますが、タイミングは良くてもロマチェンコのポジション取りがうまく、これは当たりません。
大きく身体を動かす分、攻め込まれた時の見栄えも悪くなってしまう中谷ですが、ダメージも疲労もあり、致し方ないかもしれません。
万策尽きてきたか。。。それでも、中谷の一発に期待してしまいます。
9R、行くしかない中谷!後半に来ても鋭いワンツー!しかし、ロマチェンコのノーモーションの左にまたしてもやられ、その後も同じ左を被弾。
クリンチに行っても、左フックを打ってくるロマチェンコ、この左フックは耳裏を狙っており、中谷の三半規管がやられ、平衡感覚を失っているように見えます。そこから顎を狙っての左ストレートをヒット、大きく顔を跳ね上げられた中谷を、レフェリーが救いだしました。
ワシル・ロマチェンコ、9RTKO勝利。
中谷正義、無念。
結果的には、ロマチェンコの圧勝。しかし、ロマチェンコにも大きな余裕があったわけではなく、結果的には圧勝であっても楽勝ではなかったはずです。
今回のロマチェンコは、相手を挑発することもなく、ロペス戦のように変なところもなく、ハイテク、マトリックス、その完璧なボクシングそのものが戻ってきたような感じがしました。
ライト級ではロマチェンコは小さく、適正階級ではない。
しかし、ロマチェンコも、初めてライト級でやった時よりも、やはりこの階級に少しずつでもフィットしてきているのも現状でしょう。
とにもかくにも、ロマチェンコのボクシングはかくも美しく。
素晴らしいポジショニングから、流れるように繰り出されるノーモーションの左ストレートが幾度となく中谷を襲い、遠い間合いからはまるで瞬間移動のように距離を詰め、そして近い間合いでも中谷の真正面と反発する磁石のようにサイドに回ります。
当代において、最高傑作ともされるボクサーのステップは、既に芸術の域だと言えます。
ボディに活路を見出したい中谷は、積極果敢に左右のボディを放ち、そのボディアタックはロマチェンコにも通用しているようにも見えました。
それでも尚、世界最高峰の頂は高く、9Rに沈んでしまいました。
最後の最後まで、逆転劇は起こりませんでしたが、逆転劇が起こりそうなベルデホのような隙がロマチェンコにはありませんでした。
ロマチェンコにとっても非常に、非常に大切だったこの復帰戦。
ロマチェンコの至上命題は、「ロペスよりも圧倒した形で中谷を降す」ことだったと思います。それを成し得たロマチェンコはもちろんすごいですが、その地位、そこで指名される位置まで自力で上がっていった中谷も素晴らしい。
正式決定前、噂という段階から、今日という日まで、生きる活力をくれた中谷選手に本当に感謝したい気持ちでいっぱいです。
たった一回の偶然の勝利、もしくは別の力が働いた一戦で世界王者となるよりも、このロペス、ベルデホ、ロマチェンコというまさしく罰ゲームのようなマッチメイクの中で1勝2敗、このキャリアは誰にも築けません。このキャリアが、きっと次、もしくはその次には花開くことでしょう。
もしかすると、中谷は進退というものを意識するのかもしれません。
しかし、本人の気持ちを無視して、そしてあえて言わせていただくならば、日本のボクシングファンの願いはたった一つです。
「中谷正義選手、次戦に期待しています。」