WBC世界ライトフライ級タイトルマッチ、寺地拳四朗(BMB)vs矢吹正道(緑)。
超安定王者、寺地拳四朗はあっという間にここまで8度の防衛を記録、しかもほぼ何のドラマらしいものもないままの圧勝(不祥事は置いておいて)を続け、日本では当代きってのスーパースター、井上尚弥に次ぐ実力の持ち主と見られていました。
同級には同じく日本人、WBA世界王者、京口紘人(ワタナベ)がおり、リング・マガジンベルトを保持しているものの、国内の評価はおそらく拳四朗の方が上。
そんな強大な絶対王者、寺地拳四朗に挑んだ矢吹正道という漢は、関わった人たちの信頼も厚く、なにかを期待させてくれるボクサーでもありました。
果たして試合は激戦、見事10RTKO勝利で矢吹正道が新王者に。
「カンテレドーガ」で配信された2,200円というPPV、この値段は高い安いは置いておいて、終わってみれば払う価値は十二分にありました。しかし、そこはある種の賭けでしたね。
まあ、私は高いとか安いとか思う前に、見れるなら、ということで買ってしまいましたが。
WOWOWの放送が発表されたのはその後の話です笑
さて、9/27(月)のWOWOWのレギュラー放送の枠で放映されるこの寺地拳四朗vs矢吹正道、おそらく現在のところ2021年度のボクシング年間表彰、最高試合賞の最右翼でしょう。
本日のブログではこの一戦を試合後の談話を踏まえて振り返っていきたいと思います。
↓観戦記はこちら
Masamichi Yabuki Stops Kenshiro Teraji In 10th Round, Lifts WBC Title In Stunner - Boxing News
※ボクシングシーンの記事にもピックアップされています。今年最大のビッグアップセットの一つ、と紹介。
戦前の拳四朗
寺地拳四朗の超人的なメンタル、計量後、いつもステーキ丼を食すような鋼の肉体、回復力云々。。。を考えると、今回のコロナ陽性反応による騒動はさして関係がないのかな、と思ってもおりました。
しかし、無症状というわけでもなかったらしく、発熱により練習を切り上げ、当然減量も従来どおりはいかず。勿論、事前の情報ではその姿が垣間見えることはなく、好調を宣言。
このあたりは、コンディション調整も含めて「試合」というところなので、拳四朗、また陣営については言い訳にはなりません。そして陣営も、本人もこれを言い訳としているわけではありません。
この日程で強行したことも、ある程度察しはつきます。拳四朗は2021年に10度の防衛、2022年に13度の防衛に並び、2023年の初頭に新記録を樹立する、ということを明確に語っていたことがあったからです。
拳四朗というボクサーは、以前からボクシングのモチベーションに対して非常にはっきりしない所がありましたが、具志堅用高氏の持つ13度連続防衛という記録を塗り替えることにかけて、モチベーションを作っていたと思います。
それにはある程度急がなければ、減量も苦しくなっていく、ということもあります。
なので、やはり今月中に一試合、そして年末に一試合という目算だったのでしょう。
このコンディション問題が、この試合にどれほど影響したのか、ということは正直よくわかりません。拳四朗は矢吹戦、序盤はいつもどおりのようにも見えました。
戦前の矢吹
そして矢吹は、拳四朗のコロナ陽性反応による延期を、「スパーリングがたくさんできた」という点で「良かった」と語っています。
これは虚勢でもなんでもなく、本心なのでしょう。
9/10に予定されていた試合が、8/25に延期発表。試合2週間前に延期発表されて、動揺しないはずはありませんが、これはこの矢吹の正確なのか、それとも「やりきる」準備ができている挑戦者との矜持なのか、ここで間髪いれずにプラスに転じられたことがこの期間で非常に良かったことなのだろう、と思います。
「12日間の延期にともない、20ラウンドほどスパーリングを重ねられた。」
これは、この20ラウンドのスパーリングで強くなった、というよりも、そのように捉えられるメンタルと、「スパーリングが足りていなかった」というおそらくほんの少しの不安を解消刷ることができ、自信につながったということが大きかったのだと思います。
矢吹は試合当日、拳四朗の持つ「強弱のあるジャブ」のうち「弱」のジャブをブロッキングし、不格好でも攻めていくという作戦を序盤に徹底しています。この攻略法の実践練習について、きっとこの期間のスパーリングが役に立ったのでしょう。
序盤、拳四朗側の誤算と、矢吹の幸運
さて、試合後、何度となく語られていることに、序盤の4Rの採点について、ということがあります。1〜4Rを戦って、フルマークで矢吹が2人、そして残る1人がドロー。
これについて異を唱えているのは解説の席にいた長谷川穂積氏、寺地拳四朗の父、寺地永会長等々。私もこの採点について違和感を感じ、40-36の採点が発表されたときは拳四朗がリード、かと思いました。
しかし、この点、序盤の矢吹の作戦が功を奏して、派手なパンチで攻め込んだ点が採点に評価された、といって良いと思います。
この序盤の4R、結果的に勝負を分ける分かれ目となったとも言えますが、矢吹は作戦通り拳四朗の「弱」ジャブをブロッキング、手足がバラバラな状態でも距離を詰めて強いパンチを打ちに行く、という姿を見せています。
拳四朗は良くも悪くもいつもどおり、無理をせず、ステップとジャブ、そして今回については、時折攻め入る矢吹の変則的な踏み込みに、いつもどおりとはいかない被弾を許してしまいます。
試合後の会見で、矢吹本人もこの序盤の4Rは「取られていると思った」とも語りましたが、ここは人の意見も様々なようです。個人的には非常に採点の難しい、甲乙つけがたいラウンドで、ここは拳四朗の地元、京都、と考えると拳四朗優位に見えて仕方ないか、と考えた上で、「40-36」と聞こえたときに「拳四朗がリードか」と思ったわけです。
「塵も積もれば」なので、矢吹のあの強引な攻めに対してポイントを与えるのであれば、矢吹の40-36も十分に考えられるものであり、「拳四朗のジャブがポイントにつながらなかった」わけではなく、「矢吹のパンチが拳四朗にダメージを与えているように見えた」ということなのだと思います。
あとは、考えられるとするとごく稀に起こる「逆地元判定」というもので、ジャッジが「地元判定」と言われることを嫌い、「地元」側の選手に辛口につけてしまうことも可能性としてはゼロではないかもしれません。
中盤、拳四朗はハイペース、矢吹は省エネ
序盤の4Rを終えて2-0で矢吹、ということは、矢吹はこのままでよく、そして拳四朗はジャブだけでは足りません。この公開採点の良いところも悪いところも紙一重ですが、勝っている方は戦い方を迷わず、負けている方は戦い方を変えねばなりません。
とはいえ、今回のような試合で判定まで行ってしまった場合、勝っていると思っている拳四朗側が危険を冒さず、末に判定負け、という結果もあり得たわけです。
ともあれ、ここから拳四朗は明らかにギアを上げ、手数を増やし、距離も近くなります。
近くなった距離は、矢吹にとっても有効に働き、矢吹のリターンも効果的に拳四朗にヒットします。
拳四朗が速いジャブ、ストレート、息もつかせぬ連続攻撃で攻め込み、それが落ち着くと矢吹が強いパンチで反撃。
しっかりとガードでしのぐ矢吹と、もともとガードが低い拳四朗では、パンチのもらい方に差があります。
拳四朗は、クリーンヒット自体は避けている場合が多いものの、上体を大きく捻る、バックステップとあわせて吹っ飛んでいるように見える等々、序盤と同様に見栄えがよくありません。
4〜8Rの採点を78-74、79-73、77-75で矢吹がリード、拳四朗は大ピンチです。
後半の両者の意地
4〜8Rのハイペースなボクシングを続けた拳四朗ですが、そのスタミナは一向に衰えません。一方の矢吹は、運動量の多い拳四朗に食らいつき、要所要所でクリーンヒットを奪っている展開。
こう考えると矢吹のスタミナの方が余裕がありそうですが、スタミナは拳四朗の方がありそうでした。
9Rは拳四朗が接近戦を仕掛けてボディで矢吹を削り、ロープに詰まった矢吹が拳四朗に突進したところで頭が当たり、拳四朗は右瞼から出血。これは、私もパンチだと思っていましたし、レフェリーもパンチという判断ではあったものの、動画を見返すとバッティング。これは誰も攻められませんが。
リングの上ではレフェリーの判断こそすべて、もし陣営なりがここで抗議していれば違っていたのかもしれませんが、もし負傷判定となったとしてもここまでの流れで拳四朗の敗北は明らか、結局はバッティングだと言っても結果は変わりません。
このおびただしい量の出血でも心が折れない拳四朗はものすごかった。矢吹は手が出ず、このラウンドで拳四朗のTKO勝利でもおかしくはありませんでしたね。
ラストラウンドは、筆舌に尽くしがたい。ぜひWOWOWで御覧ください。
勝敗がもたらす、ふたりの今後
両者ともに、「相手に勝つ」という意地は本当に凄まじかったと思います。
苦しい状況でも諦めず、勇敢に戦う姿は、どちらを応援するするファンにとっても、大きな勇気と感動を与えてくれたはずです。
拳四朗をしっかりと研究し、その作戦が活きた矢吹。拳四朗はおそらくいつも通り、「自分のボクシング」を心がけたのだと思いますが、きっと彼はそのようにしてこそ真価を発揮するものなのだと思います。
大原則は、「強い者が勝つ」のではなく、「勝った方が強い」ということ。
9月22日は矢吹正道の日でした。
キーポイントは、打たれ強い拳四朗を幾度も(効かせて)後退させた右。その「ハードパンチ」という土台があってこその「待ち」の戦法であり、そのある種消極的ともとれる戦法でポイントをピックアップできたことは非常に大きかったと思います。
そして何より、最後に見せた「気持ちの強さ」は素晴らしく、その前の拳四朗の猛攻を耐えきったこと、その後の死力を尽くした大反撃で、ストップまで持ち込めたこと、「命がけ」の言葉に偽りはありませんでした。
拳四朗は、コロナ陽性反応、自主隔離の期間、減量。これらの敵と戦い、矢吹が自分を脅かす存在だ、という認識がやや不足していたのかもしれません。もしくは、ファンが望むとおりの自分を演出してくれたのかもしれません(コロナ陽性反応後、拳四朗ならすぐに試合日程を出してくれるという期待が確かにありました)。
拳四朗サイドから見れば、拳四朗有利に働かないジャッジング、おそらくバッティングをヒッティングと取られるレフェリングは愚痴の一つも言いたくもなるでしょう。
ともあれ勝敗は明確であり、勝者は矢吹、敗者は拳四朗。
勝者、矢吹正道は、この試合で勝っても負けても引退するつもりであり、矢吹ジョーのごとく真っ白に燃え尽きるつもりで戦ったようです。ならば、あの最後の猛攻も納得できます。
試合後すぐには、私はこの矢吹に、まだまだ現役を続けてもらいたい、と当然のように思いはしたものの、ここで引退、という選択もなくもないな、と思い始めてもいます。
この素晴らしい、劇的なTKO勝利を持って、王者のまま引退する。これは誰にもできることではありません。
中部のヒーロー、多くのボクサーが慕う矢吹だからこそ、このカリスマだからこそ、これは非常に絵になる行為です。他のボクサーがやったとしても、格好は付きません。
そして、間違いなく、階級最強の王者だった寺地拳四朗を破ったという事実は、「本当の世界一」を体現したと言っても過言ではありません。なので、これで引退、これは個人的に(寂しい気持ちも勿論ありますが)応援したい選択肢の一つ。
逆に、現役を続ける場合、この試合以上のパフォーマンスを出せるか、ということも甚だ疑問。統一戦等、何か目標を見つけられるのであれば当然のごとく応援しますが、多くのボクサーたちや仲間たちから期待されることで、「周りのために」ボクシングを続けるというふうにはならないでもらいたい、と思ってしまいます。
当然、進退については自分で判断することでしょうが、周りも「続けさせよう」として動かない方が良いような気もします。「勝っても負けても引退」、このことを、緑ジム松尾会長にも、家族にも言わなかったことは、そんなに軽い決意ではない、と思います。
現役を続けてほしくない、そういうわけでは勿論ありませんが、もし、矢吹が引退、という決断を降した時でも、私は心から祝福できるだろう、という話です。現役続行はもちろんのこと。
さて、寺地拳四朗。こちらはまだまだ期待したいボクサーです。今回のコンディション調整失敗でもあれだけの動きができ、今回、あの9/22は矢吹の方が勝りましたが、再戦すればわかりません。
再戦オプションが入っており、矢吹が初防衛に成功しさえすれば、2度目の防衛戦で再戦は可能。ここにこだわる必要はありませんが、ここで負けて、辞めるとなるとこちらは「寂しい」のみです。
拳四朗については、「周りが続けさせる努力をする」ということで、現役続行を本人に決断してもらう、そういう必要があるような気がします。
これで再起、世界タイトルを再度獲得、からの13度連続防衛、この記録、実は寺地拳四朗ならいけるような気がするのです。たとえできなくとも、この記録に挑戦することは大きな意味があると思いますし、階級を変えてもいいし、できなくとも、複数階級制覇、他団体との統一戦等は、その過程で作り上げられると思います。
結論!!
WOWOWでみましょう。ボクシングファンとして、絶対に。
そして、もしWOWOWを契約していない、というかたは、カンテレドーガLIVEで2,200円支払って見ましょう。10/6までアーカイブが残っています。
やっぱり日本人同士の世界戦というものはいいものです。私の世代では辰吉vs薬師寺、そして畑山vs坂本。。。試合前後も含めて、記憶に残っているものも多い中ですが、この寺地vs矢吹という世界戦も、これらの伝説級の試合とともに、後世に語り継がれる名勝負となるでしょう。
ただし、おそらく見た人が少なすぎるという感はあるわけですが。。。
↓戦前、リングマガジンランキング。これで大きく変わります。