信太のボクシングカフェ

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ボクシングが大好きです。大好きなボクシングをたくさんの人に見てもらいたくて、その楽しさを伝えていきたいと思います。

但馬ミツロの浪漫あふれる挑戦と、日本ボクシング・ヘビー級の歴史。


但馬ミツロがいよいよプロデビューを果たしました。

日本ボクシング・ヘビー級史上、最も才能のあるボクサー、と言って良いでしょうね。

さて、この但馬ミツロというボクサーは、アマチュアボクシングでも大きく実績を残してきたボクサーであり、業界の期待も大きい。

それは、井上尚弥や村田諒太と同じくA級(8回戦以上)でプロデビュー、という破格の待遇が物語っています。

↓但馬ミツロのデビュー戦、ABEMA観戦記

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但馬のプロデビュー戦は、キム・サンホ(韓国)というボクサーでしたが、これでは但馬のポテンシャルは一切分かりません。とにかく、ヘビー級において破格のハンドスピードと回転力を有する、ということのみが分かりました。

1分に満たない試合であれば、それも致し方のないこと。

今回のブログでは、今後日本のヘビー級を背負って立つであろう但馬ミツロにエールを送りつつ、ここまでの日本ボクシング・ヘビー級の歴史を振り返ります。

最初の「日本ヘビー級王者」

調べてみると、最初の日本ヘビー級王者は片岡昇という不二ボクシングジム(不二拳闘会)の選手です。

この「不二拳」は、岡本不二氏が「拳聖」と呼ばれたピストン堀口を連れ立って独立したジムですね。

↓ピストン堀口の物語

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ちなみにこの片岡と入れ替わりで、袴田巌さんも不二拳からプロデビューしています。

さて、話が逸れましたが、この片岡昇は生涯戦績4勝2敗。1956年9月にプロデビューして2戦目と5戦目でKO負けをしています。しかし、5戦目で敗北した中越豊というボクサーと6戦目に王座決定戦を行いリベンジ(判定勝利)、日本ヘビー級王座を獲得しています。

記録では1957年5月4日、今からちょうど65年前に日本ヘビー級王者が誕生したようです。しかし、この王座は挑戦者が現れずに消滅しています。

話題のヘビー級

次に話題になったヘビー級ボクサーは、コング斉藤。

学生時代はバレーボールの選手だったという斉藤ですが、アメリカに渡り1975年4月にプロボクサーとしてデビュー。しかしデビューして2戦連続KO負け。

3戦目で初勝利を上げると、その後は8連続KO勝利。その中には、1977年に非難の的になったストーニー・ランド戦も含まれます。この試合は、日本のリング初登場となった斉藤が勝利するも、ランドの無気力なボクシングが非難されたようです。

2度目の日本のリング登場となた長岡俊彦戦で2RKO負け、このボクサーはミドル級の選手。その後初回KO勝利で再起した斉藤でしたが、長岡との再戦で3RKO負けを喫し、引退しました。

 

1990年代に入ると、西島洋介が登場。オサムジム所属のプロボクサーは、「ヘビー級」と喧伝するも基本的にはクルーザー級で戦い、海外でも戦歴を重ねるなど本格派でしたね。

その後もプライドやK-1のリングで戦い続けた西島は、2021年12月、但馬ミツロとのエキシビジョンを行い、そのバトンを但馬に継承しています。

その後は2001年、オケロ・ピーター(緑)が日本のジム所属選手として初めてOPBF東洋太平洋ヘビー級王者となり、2005年にはそのタイトルに高橋良輔(金子)が挑戦したりと、やや活気を帯びてきた日本のヘビー級。

(その後高橋はクルーザー級でOPBF王座を獲得)

2009年にはヘビー級のランキングが設置、プロテストが開催され、2011年には西日本ボクシング協会がヘビー級の新人王トーナメントを開催、樋高リオが西日本新人王に。

(樋高はデビュー10連勝の後、2連敗で日本ボクシング界から引退。その後フィリピンでWBCアジアタイトルを獲得しています。)

第2代日本王者とその後

そして同じく2011年、藤本京太郎がK-1からボクシングへ転向、翌2012年には全日本新人王決定戦が開催され、元大相撲力士の藤中大和が初代となる全日本新人王に輝いています。

 

2012年、藤本京太郎が日本ヘビー級1位にランクイン。ランキング設置もランカー不在だったヘビー級戦線が動き出します。

藤本は、2013年にオケロ・ピーターと日本王座決定戦を争い、6RTKO勝利。第2代日本ヘビー級王者となりました。この王座を竹原虎辰(初防衛戦と2度目の防衛戦)、石田順裕を相手に合計3度の防衛を果たすと、2017年1月にOPBF東洋太平洋王座を、同年5月にWBOアジアパシフィック王座を獲得。

このタイトルの防衛を重ね、チャンスを掴んだ藤本は、2019年12月、英国プロスペクトのダニエル・デュボアに挑戦。しかしジャブ一発で2RKO負けという結果は、ヘビー級での日本と欧米の乖離を感じさせるものでした。

この藤本の跡を継ぎ、第3代日本ヘビー級王座に着いたのが、上田龍(石神井)。上田は2014年に82.5kg契約4回戦でプロデビュー、2016年には6戦目で竹原虎辰に4RTKO負けで初黒星を喫しますが、2019年の日本ヘビー級王座決定戦でリベンジ。

2021年6月に、但馬ミツロのデビュー戦の相手としてノンタイトル8回戦が組まれますが、但馬の怪我により中止。上田も2022年1月末でタイトルを返上、竹原虎辰も上田との一戦を最後に引退してしまったため、現在は王者もランキングも空位。

そして、但馬ミツロ

但馬ミツロ。アマ51戦42勝(20KO・RSC)9敗のこのボクサーは、ハードパンチに定評のあるボクサーで、かねてからプロ向きだと思われていました。

 

愛知県で生まれ、高校時代にアマチュアボクサーとしてデビュー、その後は中央大学、そして福井県体育協会に所属し、アマキャリアを形成。全日本選手権3度、国体2度、合計5度の全国大会優勝を経験しています。

アマチュアのライトヘビー級(75kg〜81kg)で無敵を誇りましたが、東京オリンピックは国籍の問題もあり断念(但馬はブラジル国籍)。

そしてプロ転向を決意した但馬は、2020年2月、当たり前のようにプロテストに一発合格。

当初2020年の6月か7月と言われていたデビュー戦は、コロナショックもありずれにずれて2021年3月、クルーザー級の韓国王者でOPBFランカーを招いて行われると発表されました。

しかし、結果的にはその韓国王者も来日ができず、日本ヘビー級王者、上田龍(石神井スポーツ)とのノンタイトル戦が決定したとのことでした。

ノンタイトル戦ながら、相手は日本王者。藤本京太郎が引退したあと、間違いなく現在の日本のヘビー級最強のボクサーです。日程は2021年6月27日、場所は名古屋国際会議場。

しかし、この一戦を但馬は持病の腰痛の悪化により断念、約半年後の同年12月、西島洋介とのエキシビジョンがファンへの初の顔見せとなりました。

 

そして2022年4月、初回TKO勝利でデビュー戦を飾った但馬ミツロ。

今後は、8/14に日本タイトル戦、と明確に語っており、「対戦相手は海外から招く」ということです。日本タイトル戦、海外から招いた選手でも承認さえされれば良かったんでしたっけ?(なんかそういう記憶もあります。)

このあと、但馬ミツロは「世界ヘビー級王座を目指す」と明確に語っています。

ただ、前戦を見る限り、まだ体は出来上がってはいません。

本人も、「クルーザー級、ブリッジャー級を経ても最後はヘビー級と決めている」と答えています。これで良い、と思います。

日本タイトルという地域タイトルこそ、話題のためにもヘビー級で良い、と思います。

しかし、その後海外の強豪と渡り合っていくのであれば、まずはヘビー級よりも、もっと良いパフォーマンスを発揮できそうなクルーザー級(や、ブリッジャー級笑)で良いと思います。いずれにしろ、クルーザー級、ブリッジャー級でタイトルを取れなければ、ヘビー級では難しい。まずはクルーザー級初の日本人世界王者、そしてそのあとヘビー級へステップアップ。

果たして2m級の化け物たちが跋扈するこの階級で、但馬ミツロというボクサーはどれくらいできるのか。

この2階級制覇ないし3階級制覇、という険しすぎる道のりは、全力応援する甲斐とロマンに満ち溢れています。今後も注目していきたいと思います。

 

 

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