信太のボクシングカフェ

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ボクシングが大好きです。大好きなボクシングをたくさんの人に見てもらいたくて、その楽しさを伝えていきたいと思います。

タイソン、デュラン、フォアマン登場のアトランティックシティのレジェンダリー・ファイト!エニスvsスタニオニスは歴史にその名を刻めたか?

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アメリカはニュージャージー州、アトランティック・シティ。

ジャロン・エニスvsエイマンタス・スタニオニスの試合が行われたこの都市は、これまでも様々なレガシーが築かれてきました。

果たして、エニスvsスタニオニスはその歴史に刻まれるようなファイトになったのか。このブログを書いている時点ではまだ結果は出ておらず、皆さんの判断にお任せします。

現代、ビッグマッチの多くはサウジアラビアのリヤド、アメリカのラスベガス、そして日本の東京で行われていますが、過去にはこのアトランティック・シティもそんな場所でした。

ということで今回のブログは、BoxingNewsで紹介された、アトランティック・シティで行われた素晴らしい試合の数々+個人的に調べたいくつかの試合をピックアップしていきます。

 

 

 

マイク・タイソンvsマイケル・スピンクス

1988年6月27日

当時のマイク・タイソンは3団体の統一世界王者。一方でスピンクスはライトヘビー級で無双、ヘビー級に上げてラリー・ホームズに連勝したことでヘビー級のリングマガジン王者に認定されていました。

この試合は今では一般的な言葉となった「Undisputed」王者の決定戦とされていましたね。

このヘビー級の無敗王者同士のスーパーファイトは、なんと開始91秒で決着、マイク・タイソンが神格化された試合となりました。

その後のタイソンを見ていると、このたった1敗で引退してしまったスピンクスは浮かばれませんね。

ロベルト・デュランvsアイラン・バークレー

1989年2月24日

トーマス・ハーンズを倒し、WBC世界ミドル級王者となったアイラン・バークレー。そのバークレーが挑む初防衛戦は、当時37歳のロベルト・デュランでした。当時のボクサーの37歳というのは今の37歳という年齢よりもあり得ない年齢で、当時のバークレーは油ののった28歳、しかも前戦でハーンズを倒しているというオマケ付き。更には身長185cmのバークレーに対して、デュランは170cm、当然体格も違います。

なのでオッズはバークレーが-250であり、デュランが+250というアンダードッグ。

しかしこの試合は、なんと37歳のデュランが、11Rにバークレーからダウンを奪っての判定勝利を得ています。

 

 

 

イベンダー・ホリフィールドvsジョージ・フォアマン

1991年4月19日

1987年に復帰後、とうとう世界タイトルマッチにたどり着いたビッグジョージ。この試合は判定負けを喫してしまいましたが、フォアマンが未だ世界のトップ戦線にいることを明確すぎるほどに印象付けた試合となりましたね。

その前年にもアトランティック・シティのリングにあがり、2タイムタイトルチャレンジャーのジェリー・クーニーを2Rでノックアウトしているフォアマン。

その後1994年、マイケル・モーラーをノックアウトして45歳でヘビー級王者にカムバックしますが、この試合は明らかにその足がかりとなり、フォアマンの返り咲きが決して夢物語ではないことを世界に知らしめた一戦。

R.I.P、ビッグジョージ。

レノックス・ルイスvsシャノン・ブリッグス

1998年3月28日

またもヘビー級で、WBC世界ヘビー級タイトルマッチ。前戦で物議を呼ぶ判定ながらも、ジョージ・フォアマンを破っていたブリッグスへの勝利は、レノックス・ルイスが世界ヘビー級王者として地位を確立することに役立った、とのこと。

そんな評価だったような気がしますが、もう四半世紀以上の前のことでよく覚えていません。

ともあれ、翌年、イベンダー・ホリフィールドとの王座統一戦に進んだということはそういうことなのかもしえrませんね。

ちなみに、レノックス・ルイスは現在カナダのトロントで暮らしています。息子は日本のアニメにハマり、アニメ映画を作っているらしいです。

 

 

 

アルトゥーロ・ガッティvsミッキー・ウォード Ⅲ

2003年6月7日

このトリロジーからもう20年以上経つんですね。この第3戦は、アトランティック・シティで生まれたようです。

試合はガッティのスプリット判定勝利。

この「ガッティvsウォード」という単語は、20年以上経ったいまでもよく聞きます。もう広辞苑に載せた方が良いかもしれません。

意味:とにかくとんでもない大激闘のこと

例1:エイマンタス・スタニオニスはエニスとのファイトに際し、「ガッティvsウォードのような戦いになる」と発言しています。

例2:寺地拳四朗vsユーリ阿久井政悟は、日本版ガッティvsウォードだ。

※いずれもBoxingSceneの記事(だったと思う)より

ケリー・パブリックvsジャーメイン・テイラー Ⅰ

2007年9月29日

これは素晴らしい試合でした。テイラーは2005年、バーナード・ホプキンスから王座を奪い、再戦でも返り討ち。その後も無敗のまま防衛を重ねていました。

一方でケリー・パブリックはその時点で連続KO勝利中で、このことは技術のある王者テイラーに対して一縷の望みを持てるボクサーでしたね。

テイラーはシドニー五輪で銅メダルを獲得していますが、二人はアマ時代の経験もあり、その時はテイラーが勝利していました。

試合はテイラーが2Rにダウンを奪う好スタートを切りましたが、パブリックはサバイブ、主導権を取り戻して7Rにテイラーをノックアウト。

この試合はこの年の年間最高試合となっています。

 

 

 

バーナード・ホプキンスvsケリー・パブリック

2008年10月18日

そのパブリックは、初防衛戦で元王者のジャーメイン・エイラーを退け、2度目の防衛戦でゲイリー・ロケットを3RTKO。ここからきっと安定王者になっていくのだろう、というパブリックでしたが、その後の試合は170lbsでバーナード・ホプキンスとの戦いを選択しました。

2度にわたりジャーメイン・テイラーに負け、その後ジョー・カルザゲにも敗北した43歳のホプキンスにとって、ケリー・パブリックは若すぎ、そしてパワーがありすぎる、という前評判だった試合。

ボクシングに3段論法は通用しない、とは言うものの、ホプキンスはテイラーに2度負けており、そのテイラーにパブリックは2度、勝利しています。単純に考えれば、パブリックが優位となることは明白だったでしょう。

しかし蓋を開けてみれば、ホプキンスがホプキンスらしい立ち回りで大差の判定勝利。のちのことを思えば、ホプキンスにとって43歳でときのミドル級王者に勝利する、というのはさほど大したことではなかったのかもしれませんね。

 

 

 

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