週末、堤駿斗が良い形でリヤドデビューを果たし、リングマガジンアンバサダーとしての力を見せつけました。
そして日本でも大いに注目されたニック・ボールvsサム・グッドマンは、グッドマンのがんばりによってなかなかの好試合となり、ニック・ボールがグッドマンを(少なくともその試合内容においては)圧倒できなかったことで(井上尚弥の対戦相手として期待を削がれた、という意味において)落胆した人もいたでしょう。
しかしこの興行で最もインパクトを残したのは、やはりモーゼス・イタウマで、弱冠20歳のヘビー級プロスペクトは、ベテランの強豪、ディリアン・ホワイトをわずか119秒でノックアウトしてしまいました。
この「試練」または「試験」と呼ばれるような試合を、わずか119秒で、です。
ということで今回のブログは、モーゼス・イタウマについて。
↓観戦記

Reign man? Moses Itauma shows no limits in TKO of Dillian Whyte
実際何が起こったのか
まず、初回のゴングのあと、ディリアン・ホワイトは決して調子が悪そうには見えませんでした。
ゴングが鳴ると両者がリング中央に歩み寄り、グローブタッチの儀式のように互いのリードをタッチ。一瞬、イタウマがフェイントを入れています。
サウスポーのイタウマが距離が測るような右ジャブを伸ばし、開始6秒のところで速いジャブ。これも牽制でしょう。
その後ホワイトがダブルジャブで攻めますが、これをイタウマはバックステップでかわしています。
そしてイタウマはジャブフック、このフックがホワイトのテンプルに触れていますが、これは力のはいったパンチではありません。その後すぐに左のボディストレート、これは浅いヒット。おそらくこちらが本命だったでしょう。
その後イタウマは速いジャブ、ホワイトのジャブに対しては素早いバックステップ、その後リターンを返そうとしないことから、まだまだこの段階ではリサーチに主題を置いているようにみえます。
開始30秒ほどのところでイタウマがジャブからボディストレート、これも牽制の域を出ませんが、このボディストレートもホワイトに届いています。
その後はイタウマがジャブをヒット、ちょっと距離があってきたかもしれません。
ホワイトの攻撃はイタウマのバックステップにより届かず、スピード差、反応の差は明らかです。が、ホワイトもイタウマのジャブを外すことはできませんが左手でパリー、距離はあった状態でも被弾を避けられています。
ここでイタウマがワンツー、これを頭を下げるダックで外したホワイト、ダブルジャブで反撃を試みますが、これはまたステップで対応されています。
1分が過ぎるとアクションが多くなったイタウマ、フェイントをかけてからの踏み込んでのジャブ。そして左のボディストレート。
これをしっかりと斜に構え、右手でガッチリ顎を守るフィリーシェルのスタイルでしのいだホワイトですが、続くジャブからの左ボディストレートは大きく体を丸めています。フェイントもあり、目線を切ってしまっている部分もあるので、見えなくなってきたのかもしれません。
そうして同様のジャブから左ボディストレート(というかこれは胸のあたり)を打ったイタウマは、続けて右フックをフォロー。左ボディのときに体を丸めて下をむいてしまったようなホワイトには、この右フックは殆ど見えていなかったでしょう。その後も頭を下げるダックでとにかく頭の位置を変えますが、イタウマがバックステップして距離を取ったことにも気づかず、ウィービングを続けてしまいます。
もはや弱気になっている、と感じたのでしょう、イタウマはここで一気に距離を詰めてワンツーアッパー。このワンツーの時点でまたも下を向くダックをしてしまったホワイトに、このアッパーがヒット。
決してこの時点で倒そうとはしていなかったイタウマ(ワンツーアッパーのあとにバックステップを踏んで距離を取っている)でしたが、ぐらりと体制を崩し、明らかにダメージを負ったホワイトを見て、距離を詰めます。
そして狙いを定めての右ボディショット、もうイタウマを直視できないホワイトは、ブロッキングに逃げます。
ガードしていますが、それでもアッパーのダメージなのか、それともガードの上から叩かれてダメージを負ったということなのか、ホワイトはかなり足取りが怪しい。ロープにもたれかかってなんとか誤魔化そうとしていますが、ここでイタウマがガードの上から左をコネクト、そして速いツーフックをヒットすると、ホワイトはダウン。
この左フックがヒットしていたのですね、初見では速すぎて、スムーズ過ぎて見えませんでした。
喜ぶこともなく、のしのしとニュートラルコーナーに向かうイタウマを尻目に、なんとか立ち上がったホワイトですが、レフェリーはそのダメージを鑑みてストップを宣告。イタウマの初回TKO勝利が決まりました。
不満そうなホワイトでしたが、これは致し方のないストップでしょう。
深々と四方にお辞儀をして、彼の神に感謝するモーゼス・イタウマ。はしゃがず、騒がず、冷静に勝者コールを浴びました。
恐るべし怪物、モーゼス・イタウマ
素晴らしい反応、素晴らしいバックステップ。
まるで軽量級のようなコンビネーションと、ヘビー級らしいパンチングパワー。
ホワイトがダックしたときに合わせたアッパーカットと、ガードの間隙を縫ってヒットさせた右フック、どれも素晴らしい技術だと思います。
そしてなによりも特徴的だったのは、「本当に20歳か?」と思えるような落ち着きっぷり。この試合が「試される試合」であることは十分にわかっているはずなのに、このメンタリティというのは若いボクサーにあるまじきものです。
「大げさに喜ばない」というのは信仰によるところも大きいのでしょうが、モーゼス・イタウマにとってこの結果が「当然のもの」だからだったのでしょう。それを心から信じている、と。
強敵を相手に勝利すれば嬉しいし、自分が不利だと思っているともっと嬉しいものです。しかしイタウマはディリアン・ホワイトという強敵を全く歯牙にかけず、ものの見事に打ち破ってみせました。それこそ、リアルに「一発ももらうことなく」です。
このKOセンセーションは、まさにヘビー級の未来そのものでしょう。
世界の反応
■タイソン・フューリー
「よくやった、若いの。だが勘違いするな。老いたディリアンを倒しただけだ。俺が6ラウンドかかった相手を1ラウンドで仕留めたことは認めてやろう。だが、本物の"キング"と対峙する準備はできているかな?いつでも待ってるぞ。😉」
■アンソニー・ジョシュア
「ヘビー級ボクシングにとって、なんて夜だ。モーゼス・イタウマに最大限のリスペクトを。スピード、パワー、そして落ち着き。全てが一級品だった。世代交代の波は確実にやってきている。ディリアン、君のカムバックを信じている。」
■オレクサンドル・ウシク陣営
「今夜のパフォーマンスは驚異的だった。イタウマは疑いなくヘビー級の未来だ。しかし、"未来"と"現在"は違う。現在の王者はオレクサンドル・ウシクただ一人だ。彼のことは注視していくが、我々には我々の道がある。」
フューリーは結局カムバックするのでしょうか??「いつでも待ってる」は適当な戯言なのか、本当なのか。
そしてジョシュアは優等生らしい発言、ウシク陣営(エギス・クリマス)は王者らしい発言です。
そしてエディ・ハーン。
「正直なところ、言葉を失った。ディリアン(ホワイト)のために心が痛む。だが、モーゼス・イタウマというスターが誕生した瞬間を我々は目撃したんだ。悲しいと同時に、ボクシングファンとしては興奮している。彼のような才能はアンソニー・ジョシュア以来だ。AJとの英国対決?考えただけで鳥肌が立つね。」
は、ゴリゴリ食いついた。エディ・ハーンはアンソニー・ジョシュアvsモーゼス・イタウマを希望しています。
そしてこのことは、ジョシュアが復活後、トゥルキ・アラルシクの元で実現するようになるのでしょう。そうなればイタウマの仕掛ける「世代交代」は完了で、フューリー戦よりもリスクが少ない。
しかしこれをやっているうちにオレクサンドル・ウシクと戦う必要がなくなりそうなのが怖いところですね。
イタウマの次戦
しかしイタウマは謙虚であり、自らを知る、冷静なボクサーのようです。
ホワイトに痛烈なKO勝利を収めてなお、世界を口に出さず、それでもトップ戦線に食い込んでいきたい、と語ったようです。
具体的にはジョセフ・パーカー、アギット・カバイェルがこの階級で挑戦権を持つにふさわしいボクサーだと名を挙げ、自分もその中に食い込んでいきたい、と語っています。なお、パーカーはウシク挑戦がほとんど内定している状態ですね。
しかし、このパフォーマンスであれば、ファンはもう待ってくれません。
下に上げるいくつかの名前は、今後イタウマに期待される戦いです。
・ジョセフ・パーカー
もし、ウシクがWBOの暫定王座を持つパーカーとの試合を受けない場合、WBO王座は返上することになります。そうなると最短でパーカーvsイタウマというWBO王座決定戦が組まれる可能性があるのかもしれません。これは暫定王者のパーカーに対し、1位がイタウマですから、非常に現実性のある話です。
しかもパーカーはこれまでマーティン・バコーレ、チャン・ツィーレイといった強打の相手に恐れず立ち向かって勝利を挙げ、さらに過去、アンソニー・ジョシュアの連続KO記録を途絶えさせたボクサー。この試合が決まれば非常に興味深い戦いになりそうです。
・フィリップ・フルゴビッチ
同じ日、同じ興行に出場し、デビッド・アデレイとのサバイバル戦を制したフィリップ・フルゴビッチ。この可能性も大いにあるでしょう。
フルゴビッチはダニエル・デュボアにこそ負けていますが、ジョー・ジョイス、チャン・ツィーレイなどの元暫定王者たちに勝利しており、実力としても申し分ありません。33歳の彼は油の乗った時期でもあり、これはさすがにイタウマの試練となり得る一戦のはずです。
・アンソニー・ジョシュア
やはり英国のスーパースター、ジョシュアとの戦いは見たい。ジョシュアにはキャリアがありますが、同時に脆さも顕現させているから、この試合が決まればイタウマがトップ・ドッグとなるかもしれません。
それでもこのスーパースターには、次のボクサーにバトンを渡すという役割があるはずです。それはすでに敗北を喫してしまったダニエル・デュボアではなく、このモーゼス・イタウマか、もしくはファビオ・ウォードリーであるべき。
だったら30歳となったウォードリーよりも、イタウマの方が適しているでしょう。
その他にもそのウォードリーや、「次は俺とお前」と語るジャレッド・アンダーソンというマッチアップも面白い。アンダーソン戦が決まれば米英対決となり、結局はヘビー級の未来の覇権は英国に、というのが浮き彫りになりそうですが。
ヘビー級の未来
時計の秒針が2周する直前に、ヘビー級の未来はその実力を鮮烈に見せてくれました。
ディリアン・ホワイトが衰えている、弱かった、という意見をいう人もいるかもしれませんが、たとえ37歳となっていたとしても、昨年2度もリングに上がり、好戦績のボクサーにストップ勝利しているホワイトの今の実力を疑うことはできません。
そのホワイトに勝った、というだけでなく、戦慄すべき勝ち方で、ホワイトのキャリアを終わらせたかもしれない、その事実は、彼が間違いなく怪物であることを物語っています。
フューリーの挑発も、ジョシュアの称賛も、そしてウシク陣営の警戒心も、そのすべてはイタウマという新たな脅威を目にした率直な感想であり、エディ・ハーンが金儲けのために動く「AJvsイタウマ」というマッチアップも含めて、ボクシング界はもう彼を無視することはできません。
我々がこの試合で目にした確かなものは、「モーゼス・イタウマ」というボクサーの伝説の序章。今後のキャリアには大いに期待したいと思います。
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