秋も深まり、ボクシングファンにとっては年末に向けてビッグマッチの機運が高まる、心躍る季節になってきましたね。来月、再来月も国内外で注目カードが目白押しですが、そんな中、来年以降の勢力図を大きく左右するであろう、非常に興味深いニュースが飛び込んできました。
現地時間2025年10月13日、WBAが、現フェザー級王者ニック・ボール(イギリス)に対し、同級1位で元世界2階級制覇王者のブランドン・フィゲロア(アメリカ)との指名試合を行うよう、正式に指令を下したのです。交渉期限は11月12日までとされており、もし合意に至らなければ入札によって興行権が争われることになります。
現在のフェザー級は、WBOに規格外の長身王者ラファエル・エスピノサ(メキシコ)、IBFにアンジェロ・レオ(アメリカ)、そしてWBCには(今のところ)あのスティーブン・フルトン(アメリカ)と、実力も個性も豊かな王者たちが割拠する、まさに「混沌」とした階級です。ちなみにWBAは暫定王者にミルコ・クエジョ(アルゼンチン)、WBCは暫定王者にブルース・カリントン(アメリカ)さらに休養王者にレイ・バルガス(メキシコ)がいる状況ですね。
いずれにしろ、このニック・ボールvsブランドン・フィゲロアという一戦には、誰がどのように王者に取って代わってもおかしくないというこの混沌とした状況を整理し、統一戦線へと向かうための重要な一歩となる可能性を秘めています。
何より興味深いのは、この指令はフェザー級戦線においてもっともタフな戦いの一つであることが確定している点。ニック・ボールもブランドン・フィゲロアも、共に引くことを知らない超攻撃的なファイター。この両者をぶつけるということは、凡戦の可能性を限りなくゼロにし、「フェザー級で最も危険な圧力を持つ男は誰か」を決定づけるサバイバルマッチを強制するに等しいのです。この一戦の勝者は、WBAベルトだけでなく、他の技巧派王者たちにとっての「絶対的脅威」という明確なアイデンティティを手にすることになるでしょう。
今回のブログでは、WBAの指名戦が今後に与える影響について、世界を狙う日本人ボクサーを含めて書いていきたいと思います。

Nick Ball Ordered To Defend WBA Title Against Brandon Figueroa
ニック"レッキング"ボール vs "ハートブレイカー" ブランドン・フィゲロア
規格外のフィジカルで破壊するリバプールの鉄球
WBA世界フェザー級王者、ニック・ボール。彼の最大の特徴は、その特異なフィジカルにあります。身長はフェザー級において驚異的とも言える157cm。しかし、その小柄な身体には、分厚い胸板と太い腕に象徴されるように、凄まじいパワーが凝縮されています。その戦績は23勝(13KO)無敗1分と、トップレベルの実力を証明しています。
彼のファイトスタイルは、この肉体的な特徴を最大限に活かすために構築されたものです。常に前進し、相手の懐に潜り込み、ブルドーザーのように押し込んで強打を叩き込む。まさに「リバプールの猛牛」と呼ぶにふさわしい執拗なプレッシャーファイターです 9。
彼の戦い方を理解する上で最も象徴的な試合が、2024年3月に行われたレイ・バルガス(メキシコ)とのWBC世界フェザー級タイトルマッチでしょう。身長179cmのバルガスに対し、ボールは序盤、長いリーチを活かしたアウトボクシングに苦しめられます。しかし、ボールは決して諦めません。後半に入ると驚異的なスタミナと圧力でバルガスを消耗させ、8回と11回にダウンを奪い、試合を完全に支配しました。結果は惜しくもドロー判定で王座奪取はなりませんでしたが、この試合は大いに物議を醸すこととなり、「ボールはアウトボックスされる可能性はあるが、決して試合からアウトになることはない」という彼の本質を世界に知らしめました。
その後、ボールはWBA王者のレイモンド・フォード(アメリカ)を破って悲願の世界王座を獲得し、サム・グッドマン(オーストラリア)、TJ・ドヘニー(アイルランド)を相手に防衛を重ね、王者としての地位を確固たるものにしています。
ボールのスタイルを深く見ると、それは単なる「好み」ではなく、彼の身体的特徴から導き出された「必然」であることがわかります。157cmのボクサーが、10cmも20cmも大きい相手とまともにジャブを突き合っては勝ち目はありません。彼が勝つための唯一の道は、相手との距離を潰し、「アウトボクシング」という選択肢そのものをリング上から消し去ることです。クロスフィットで鍛え上げた無尽蔵のスタミナ、高いガード、そして「攻撃は最大の防御」という哲学は、すべてリーチの不利という絶望的なハンデを覆すために磨き上げられた、高度な生存戦略なのです。
止まらない手数で相手を削り取る"ハートブレイカー"
一方、挑戦者となるブランドン・フィゲロアもまた、プレッシャーファイターとして名を馳せていますが、そのスタイルはボールとは似て非なるものです。ボールより長身の175cm、彼の圧力は一発の破壊力ではなく、相手を窒息させるほどの「手数」と「回転力」から生まれます。オーソドックスとサウスポーを頻繁に切り替えながら、休むことなくパンチを繰り出し続け、特に執拗なボディ攻撃で相手の心身を削り取っていくスタイルは、彼に「ハートブレイカー」の異名を与えました。その戦績は26勝(19KO)2敗1分。
彼のキャリアを語る上で欠かせないのが、現WBC王者スティーブン・フルトンとの2度にわたる激闘です。スーパーバンタム級時代の2021年に行われた最初の王座統一戦は、年間最高試合候補にも挙げられる大激戦でした。フィゲロアは12ラウンドで1000発を超えるパンチを繰り出す驚異的な手数を見せましたが、フルトンの的確性に僅かに及ばず、僅差の判定負けを喫しました。そして今年2月、フェザー級の舞台で行われた再戦では、フルトンがより巧みなボクシングでフィゲロアの圧力を空転させ、明確な判定勝ちを収めています。
初戦はフィゲロアの勝利でもおかしくない内容だっただけに、再戦は無策に等しい非常に残念なボクシングでしたね。
しかし、フルトンに敗れた一方で、彼のスタイルの恐ろしさを最もよく示したのが、元WBC王者ルイス・ネリ(メキシコ)を沈めた一戦です。あのネリに対し、フィゲロアは愚直なまでにボディを攻め続け、最後は強烈な左ボディブロー一発で悶絶KO勝利を飾りました。この勝利は、フィゲロアのスタイルが完璧にハマった時、いかに破壊的な結果を生むかを証明しています。
フルトンとの24ラウンドに及ぶ戦いは、フィゲロアにとって諸刃の剣と言えるでしょう。彼は、プレッシャーファイターが最も苦手とする、知的で洗練されたアウトボクサーと対峙するという貴重な経験を積みました。しかし同時に、それは「フィゲロア攻略法」という教科書を全世界のライバルたちに公開してしまったことにもなります。フルトンが示したように、彼の 執拗な猛攻のリズムを読み、的確なカウンターとクリンチワークで寸断することが有効なのは明らかです。この経験が彼をより賢いファイターに進化させたのか、それとも弱点を露呈しただけなのか。その答えが、ニック・ボール戦で明らかになるはずです。
止まらない突進力か、無尽蔵の手数か。似て非なる圧力の応酬を制するのは
この試合は、「ボクサー対ファイター」という古典的な構図ではありません。「スウォーマー(群がる者)対グラインダー(削る者)」という、非常に珍しく、そして過酷なスタイルのぶつかり合いです。どちらの「圧力」が、相手の「圧力」を上回り、その心を折るのか。それがこの試合の最大のテーマとなるでしょう。
ニック・ボールが勝利するためのシナリオは、序盤からその圧倒的なフィジカルと一発の破壊力をフィゲロアに見せつけることです。フィゲロアが得意とする手数とリズムのボクシングに持ち込ませる前に、強烈なパンチを叩き込み、彼に恐怖心を植え付けなければなりません。バルガス戦のように、試合を消耗戦ではなく、短期決戦に近い形でのKOか、ダメージの蓄積によるレフェリーストップに持ち込むことができれば、ボールに勝機が見えてきます。
一方、ブランドン・フィゲロアが勝利するためのシナリオは、ボールの序盤の嵐を耐え抜き、試合を後半戦に持ち込むことです。長身とリーチを活かし、何よりも彼の生命線である無尽蔵のスタミナと執拗なボディ攻撃で、ボールのスタミナを奪うことが鍵となります。筋肉量の多いボールの爆発力は、ボディへのダメージが蓄積すれば必ず鈍るはずです。フィゲロアが12ラウンドを通してボールを上回るペースを維持し、手数と有効打でポイントを稼ぎ続ければ、判定での勝利が濃厚となるでしょう。
そしてこの試合の興味深い点は、両者ともにディフェンスに課題を抱えていることです。ボールはバルガスに、フィゲロアはフルトンに、それぞれ有効打を数多く許しています。しかし、今回はお互いがその弱点を突くような技巧派のボクサーではありません。常に打撃の交換が起こる至近距離での戦いが予想され、どちらのディフェンスが優れているかではなく、どちらの打たれ強さが上回り、どちらのオフェンスがより効果的なディフェンスとして機能するかが問われることになります。これは、年間最高試合級の壮絶な打撃戦になる可能性を大いに秘めています。
混沌のフェザー級、勢力図への影響と統一戦線への展望
このボール対フィゲロア戦は、フェザー級全体の勢力図を塗り替える大きなきっかけとなり得ます。現在の各団体の王座の状況を見てみましょう。
- WBO王者:ラファエル・エスピノサ(メキシコ)
身長185cmという、この階級ではありえないほどの体格を誇る王者。ロベイシー・ラミレス(キューバ)から王座を奪った試合は衝撃的でした。次戦は11月15日にアーノルド・ケガイ(ウクライナ)との防衛戦が決定しています。 - IBF王者:アンジェロ・レオ(アメリカ)
絶対王者と目されていたルイス・アルベルト・ロペス(メキシコ)を劇的なKOで破り、王座に返り咲いた実力者。総合力で勝負するボクサーといえ、次戦は後述する中野幹士選手が絡む挑戦者決定戦の勝者を待つことになります。 - WBC王者:スティーブン・フルトン(アメリカ)
フィゲロアを破り2階級制覇を達成したばかりですが、早くも1階級上のスーパーフェザー級王者オシャキー・フォスター(アメリカ)への挑戦が報じられており、王座を返上する可能性が高いと見られています。 - WBC暫定王者:ブルース・カリントン(アメリカ)
その場合、代わって王者になるのがカリントン。彼は「shu shu」と呼ばれる評価の高いボクサーであり、アメリカン・エリートボクサー、フルトンと同じカテゴリーに所属するボクサーと言えます。本当はフルトンvsカリントンというのも見たいですけどね。
何度かこのブログでも触れている通り、この個性的な王者たちの中でもっとも攻略が難しくないのは、おそらくアンジェロ・レオでしょう。
いくつも難しい試合をクリアしてきたという勝負強さはあれど、やはりこの王者たちの中ではあまり特徴がなく、その実力は一段落ちると判断してしまいます。
さて、いずれにしろ、ボールの持つWBAタイトルがアメリカ大陸へ渡る可能性がある、というのはこの階級にとって非常に意味のあることで、それはすなわち、統一戦の開催が容易になる、ということでもあります。
もし、フィゲロアがボールに勝利することができれば、おそらく王座統一戦は進むのだろう、と推測することができますね。
日本人トップ戦線の現在地と世界への道筋
さて、この世界的な大きな動きの中で、日本のフェザー級トップ選手たちはどのような立ち位置にいるのでしょうか。中野幹士選手、藤田健児選手、阿部麗也選手の3名を中心に、その現在地と世界への道筋を整理してみましょう。
中野幹士:最も明確な世界への一本道
現在、世界に最も近い場所にいるのが、OPBF東洋太平洋フェザー級王者の中野幹士選手(帝拳)でしょう。彼は来る11月24日、IBF世界フェザー級5位のライース・アリーム(アメリカ)とのIBF世界フェザー級挑戦者決定戦という大一番を迎えます。
彼の進むべき道は、3人の中で最もシンプルかつ明確です。この試合に勝利すれば、IBF王者アンジェロ・レオへの指名挑戦権を手にすることができます。つまり、アリーム戦は「勝てば世界挑戦が確定する」試合なのです。他の団体の動向に左右されることなく、自らの拳で未来を切り拓くことができるポジションにいます。まずはこの大一番に全神経を集中させ、勝利を掴むことが絶対条件となります。
藤田健児:虎視眈々と狙うWBO王座
WBOアジアパシフィック王者の藤田健児選手(帝拳)も、世界王座を射程圏内に捉えています。彼の最大の武器は、WBO世界ランキング4位という高いポジションです。
藤田選手の道は、中野選手のような一発勝負の挑戦者決定戦ではなく、この高いランキングを活かした指名挑戦、あるいは王者からの任意での挑戦者指名を待つ形となります。ターゲットは現WBO王者ラファエル・エスピノサでしょう。アマチュアで豊富なキャリアを誇る藤田選手が、あの規格外の巨人をどう攻略するのか。帝拳ジムのプロモート力も含め、その動向から目が離せません。
阿部麗也:再起から再び世界へ
日本フェザー級王者である阿部麗也選手(KG大和)は、一度世界の頂に手をかけましたが、惜しくもIBF王者ルイス・アルベルト・ロペスに敗れ、現在は再起の道を歩んでいます。しかし、WBC8位、WBA9位と依然として世界ランキングには名を連ねており、その実力は誰もが認めるところです。
彼の道は、前の二人と比べると少し長くなります。まずは国内で日本王座を防衛しつつ、世界ランカーとの対戦を重ね、再びランキングを上げて指名挑戦権を獲得する必要があります。しかし、彼の持つサウスポーからのシャープなカウンターは、世界のトップクラスにも通用することを証明済みです。再び世界の舞台へ駆け上がっていく姿に期待がかかります。
生き残った先に待つのは、更なるビッグマッチ
WBAが指令したニック・ボール対ブランドン・フィゲロアの一戦は、単なるタイトルマッチではありません。それは、混沌とするフェザー級の覇権を争う、非公式トーナメントの重要な一回戦です。この試合の勝者は、WBAのベルトを手にするだけでなく、さらに大きな統一戦という次のステージへの切符を手にします。
そしてその統一王座というタイトルは、はやければ2026年中、遅くとも2027年頃には叶うであろう"モンスター"井上尚弥のフェザー級来襲を迎え撃てる権利に直結します。
当然、これは井上尚弥がフェザー級にフィットする前に叩く、というのが最も合理的な方法であり、大きなファイトマネーがついてくるこの戦いを一体誰が掴み取るのか、というのはこの階級のトップボクサーたちにとって大きな関心ごとだと思います。
すでに世界王者になっているボクサーたち、ニック・ボール、アンジェロ・レオ、ラファエル・エスピノサはこれを大いに意識していることでしょう。そしてブルース・カリントンもおそらくそうだと思います。
日本のコンテンダーたち、中野幹士、藤田健児、そして阿部麗也にとってはまず世界王者になる、が一番の目標だと思いますが、ここから2026年にチャンスが来たとするならば、井上尚弥戦を大いに意識することは間違いありません。
今年のフェザー級戦はおそらく出揃ったのでしょうから、彼らの勝負は来年。王座統一戦、ビッグマッチにたどり着くのは現在タイトルを持っているボクサーたちなのか、それとも思っても見ないところから幸運を掴むのか。
いずれにしろ、この階級からは全く目が離せません。
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