さて、昨日はU-NEXT BOXING。
一夜明け。。。とはいうものの、このブログを書いている時はまだ一夜明けていません。見終わったのはついさっきなので、日付は変わっていますが。
ともあれ、このトリプルタイトルマッチを経て、今後の動向はどうなるか。
ということで今回のブログは、12/17(水)に行われたU-NEXT BOXINGの一夜明けてないけど感想戦。
↓観戦記

ユーリ阿久井のその後と、アンソニー・オラスクアガ
同じ興行に出た、ということもあり、対戦実現性も高まったかに見えるユーリ阿久井政悟とアンソニー・オラスクアガ。
ユーリ阿久井にしてもオラスクアガにしても快勝と呼べる内容の試合は、すぐさま盛り上がっても良さそうなもので、この試合が実現したならば、これは本当にバチバチの打ち合いになり、観ている方も怖い戦いになりそうです。
しかし、この試合の実現可能性はまだ今は高くないのではないか、とも思います。
というか、今はまだやってほしくない。
現在は統一王者としてリカルド・サンドバルがリング・マガジンランキングでも1位に君臨、IBF王者に矢吹正道、WBO王者にアンソニー・オラスクアガという状態です。
そこにWBCの暫定王者、ガラル・ヤファイがいますが、これはフランシスコ・ロドリゲスJr.との一戦以来inactive、結局サンドバルvsヤファイの指令はなくなったらしい。
であれば、次に挑戦権が巡ってくるのはユーリ阿久井であり、サンドバルへの指名挑戦者として阿久井がタイトルショット、という可能性は十分にありますし、そうあってほしい。
これはただの願望、ではありますが、オラスクアガもユーリ阿久井も帝拳プロモーションがプロモートする選手、だと考えると、「Mr.ホンダは同じプロモーションに所属する選手同士の試合を好まない」理論も適用されます。
もちろん例外はいくらでもあるわけですが、ここで対戦させるよりも、ユーリ阿久井が王座返り咲きを果たした後に王座統一戦として対戦をする、という方がドラマチックであり、注目度も高まります。
その間、オラスクアガが矢吹との統一戦に進むか、というとそれもまた難しいのかもしれません。矢吹は現在、実態のよくわからないキルギスのプロモーション会社にプロモートされている状況で、そこと帝拳が関わることはないようにも思われます。
ともあれ、まずは2026年の前半、サンドバルにユーリ阿久井が挑戦できることを願ってやみません。
高見亨介の敗戦と帝拳の黄金時代
レネ・サンティアゴは間違いなく「日本人キラー」と言って良いでしょう。
振り幅のあるボクシングは非常に老獪で、過去、幾度も見てきた「愚直なボクシングをする日本人ボクサーが、世界の壁に跳ね返されてきた」という歴史を紡ぐものです。
正直、高見は並の、というか愚直な日本人ボクサーとは異なる、と思っていましたし、そもそも(何度も言うようですが)私にはサンティアゴがものすごく強い王者には見えない、ということもあります。
しかしそれでも、高見の負けは変わりません。
プランAとかプランBとか以前に、ここ数戦の帝拳ジムのボクサーたちは、きれいな一発を当てようということに終始し、どこかガムシャラさはないように見えます。
それ以前に「読み違え」もあるのでしょうし、ファイトスタイルというのもあるのでしょうが、そもそもこの高見というボクサーは強引に、ガムシャラに行けるタイプのボクサーのように思います。
コロナの直前かコロナ中くらいに、帝拳ジムに多くのトップアマたちが次々と入ってきた時期がありました。
高見もその中のひとりでもあり、これらのボクサーが育つ頃、つまりは今頃、帝拳ジムは次々と世界王者を誕生させ、黄金時代を築く、という確信がありました。
しかし蓋を開けてみれば、2025年末現在、帝拳ジムに世界王者は松本流星ただ一人。
かつて、大場政夫が逆転ノックアウトで日本中を魅了したように、浜田剛史が両国国技館でレネ・アルレドンドをカミカゼアタックでノックアウトしたように、きれいな格好良さではなく、愚直で、泥臭く、そして勝利を求める執念、そういうものが必要なのかもしれません。
要は、気持ちです。たぶん。

Seiya Tsutsumi Edges Split Win Over Nonito Donaire, Retains WBA 118-Pound Title
堤聖也「ホンモノぶっ倒す、極上のバッタモン」
さて、今回も大激闘。
ドネアの動きも素晴らしかったですが、予定通りというのか、後半にしっかりと巻き返した堤聖也。
堤が井上拓真を倒した後から発するようになった(と思うけど、もっと前から言っていたか?)「ホンモノぶっ倒す、極上のバッタモン」という言葉。これは、竹原ピストルの「俺のアディダス」という曲にあるリリックです。
ちなみにこの曲は、過去、松本人志に捧げた曲。サブタイトルは〜人としての志〜となっています。
竹原ピストルは元アマチュアボクサーで、現在も(たぶん)ボクシングジム通いをしており、そしてもちろん、松本人志もボクシングが好き。
↓竹原ピストルに付いての記事
そして、この竹原ピストルがどさ回りのように音楽シーンを駆け巡り、メジャーの舞台に立った姿というのは、堤聖也のキャリアにも被ります。そりゃあ、応援してしまいますよね。
そして、堤が自らを「バッタモン」と称するのは、以下の理由からではないか、と思います。
まず、他のアマエリートたちとは異なり、アマチュアでの実績が誇れるものではないこと。こと95年組という世代においては、おそらく他の年代で全国制覇できるレベルの猛者であろうとも、トーナメントを勝ち残ることは難しかったはずです。
それはユーリ阿久井や堤といったボクサーたちが、世界タイトルを獲って証明していることです。
そして、堤は才能に溢れたボクサーではなく、おそらく「ボクシング」というスポーツにおいての才能はさほど持ってはいない、と思われること。
リーチが長い、スピードがある、パンチがある、というのがボクシングの才能と呼ばれる最も見えやすい部分でしょう。
堤はリーチが長いわけでもなく、スピードがあるわけでもありません。パンチはある、と言われてはいるものの、それよりももっと泥臭く、ハートが強い、ということが彼の才能といえるでしょう。
要は見た目でわかる才能、というものを、彼は持っていません。
しかし、努力すること、努力し続けること、インテリジェンス、ハート、思考、その他諸々、見ただけではわからない才能は多く持っているのです。おそらく、その見ただけで強いとわかる、というものが「ホンモノ」。そして、わかりづらいものが「バッタモン」と評しているのではないかと思います。
田中恒成と井上拓真は、見た目も良く、シャドーをすれば強いとわかるボクサー。彼らを「ホンモノ」と呼ぶ事に対して違和感は全くないと思います。
対して、堤の強さはシャドーだけではわかりません。「バッタモン」というのは言い方が悪いですが、なんとなくニュアンスは察する事ができます。いずれにしろ、彼は「見た感じ才能のなさそうなボクサー」の希望の光であり、これはセレス小林以来、現れていないボクサーかもしれません。
堤もおそらく運動神経が良い方ではないのではないか、と感じる事があります。(セレス小林はジムに入って歩き方から矯正させられた、みたいな話を聞いた事があります。)こういうボクサーは稀有ですが、ボクシングという1対1の殴り合いというのは、運動神経だけでやるものではないこともまた事実です。
ともあれ、今回の試合も激闘でしたから、堤にはまたゆっくりと(休養王者にならない程度に)休んでもらいたいですね。
次はアントニオ・バルガスなのか、それとも井岡一翔なのか。
またリングに戻ってきてくれる日を楽しみに待ちたいと思います。
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