さて、ウォードリーvsデュボアという英国ヘビー級の大激闘の夜、もう一つ、我々の心にしっかりと残った試合がありました。
アンダーカードに組まれていたライトヘビー級の一戦、ザック・チェリー(イギリス)vsデビッド・モレル(キューバ)。
カラム・スミスの負傷欠場を受けて2週間前に代役参戦したチェリーが、元2階級制覇王者のモレルを最終10ラウンド残り36秒でTKOに仕留めるという、誰も予想しなかった結末を演じてみせたのです。
これはビッグアップセット、これが起こるからボクシングというのは恐ろしい。
ということで今回のブログは、このチェリーの大番狂わせを入口に、ボクシング史において「代役」という立場から大きなチャンスを掴み取ったボクサーたちをピックアップしてみたいと思います。
▼FOTY級の激闘でも色褪せないビッグアップセットの観戦記
Zak Chelli wants David Benavidez after stopping David Morrell

ザック・チェリー vs. デビッド・モレル
試合は完全にモレルのペースでした。
サウスポーのジャブを軸に距離を支配し、クリーンなコンビネーションでチェリーを圧倒する場面も多く、9ラウンドに入った時点ではモレルの判定勝ちは疑いようもありませんでした。
しかしチェリーは諦めていませんでした。
9ラウンド、ずっと右のオーバーハンドを狙い続けてきた成果がついに実り、モレルを初めて大きくぐらつかせます。そして迎えた最終10ラウンド、再びコーナーに追い詰められたモレルは連打を浴びてついに崩れ落ち、レフェリーが試合を止めました。
試合後、チェリーは「ベナビデスにできなかったことを俺はやった」と言い放ちました。
確かに、デビッド・ベナビデス(アメリカ)でさえ12ラウンドを通じて仕留められなかったモレルを、代役参戦のチェリーが最終ラウンドでストップしてみせたのです。
この一言は大言壮語ではなく、れっきとした事実でした。モレルにとっては2敗目、前戦のベナビデス戦に続き、キャリアの岐路に立たされることになります。
一方のチェリーは、この勝利によってライトヘビー級の世界タイトル戦線に一気に名乗りを上げることになりました。
もともとカラム・スミスに挑戦する予定だったモレルを倒したのですから、ここはチェリーがスミスへ挑戦するか、と思いきや、本人はデビッド・ベナビデス戦を望んでいるようです。ベナビデスはクルーザー級でやるかもしれませんが、その場合、空位のタイトルが出てくる事から、王座決定戦のチャンスも掴めるかもしれません。
非常勤講師として、二足のわらじを履いているというザック・チェリー。この勝利は、間違いなく彼の人生を変える勝利となったはず。
代役がチャンスを掴んだ瞬間——ハイメ・ムンギア vs. サダム・アリ
チェリーの快挙を見て、私がまず思い浮かべたのは2018年5月のハイメ・ムンギア(メキシコ)vsサダム・アリ(アメリカ)の一戦でした。
元来、この試合のアリの対戦相手はリアム・スミス(イギリス)でした。しかしスミスが皮膚疾患を患い、試合2週間前に欠場。急遽代役として名乗りを上げたのが、当時まだ21歳、無敗のプロスペクトだったムンギアでした。
オッズはアリの圧倒的有利。当然です。ミゲール・コットを破ってWBOスーパーウェルター級王座を手にしたアリと、格下相手にKOを重ねてきたにすぎない若者。
当時のムンギアは、地域タイトルを手にしていたものの、まだ強敵とはやっていないという状態でしたね。
しかしムンギアはゴングが鳴るや否や猛然と前に出て、1ラウンドだけでアリを2度倒します。
その後も攻撃の手を緩めず、4ラウンドに4度目のダウンを奪ったところでレフェリーが試合を止めました。代役から世界王者へ。
当時無敗、大事に育てられていたハイメ・ムンギアは、このチャレンジマッチを見事に制し、その後いっときは「カネロの後継者」とまで言われました。
この一戦がなければ、今日のハイメ・ムンギアはなかったかもしれません。
何と言っても、この試合——アンディ・ルイス Jr. vs. アンソニー・ジョシュア
代役によるビッグアップセットを語るうえで、この試合を外すわけにはいかないでしょう。
2019年6月、アンディ・ルイス Jr.(アメリカ)vsアンソニー・ジョシュア(イギリス)。
ジャレル・ミラーがドーピング違反で出場停止となり、その穴を埋めたのがルイスでした。
当時のジョシュアはWBA・IBF・WBOの3団体統一ヘビー級王者。
無敗のまま頂点に君臨し、誰もがその強さを疑っていませんでした。対するルイスは、その恰幅のいい体型からして「勝てるわけがない」という雰囲気が漂っていたのではないでしょうか。
ところが蓋を開けてみると、ルイスはジョシュアを合計4度ダウンさせ、7ラウンドTKOで一気に世界メジャー3団体のベルトをすべて奪い取ってしまいます。
近代ボクシング史上、最大級の番狂わせとして今も語り継がれる一戦です。
稀有な逆転構造——ジェシー「バム」ロドリゲス vs. カルロス・クアドラス
ここまで紹介してきた「代役=アンダードッグ」という構図とは異なる、少し特殊なケースも触れておきたいと思います。
2022年2月のジェシー「バム」ロドリゲス(アメリカ)vsカルロス・クアドラス(メキシコ)です。シーサケット・ソールンビサイ(タイ)が試合5日前に体調不良で欠場したことを受け、アンダーカード出場予定だたロドリゲスが急遽メインイベントに昇格。しかも2階級上の相手という条件での参戦でした。
興味深いのは、代役でありながらロドリゲスがオッズ上ではトップドッグに支持されていたという点です。
業界内ではすでに「ヤバいやつ」として知られていた22歳の実力が、マーケットにも反映されていたということでしょう。
それにしたって、ウェイトとか大丈夫なの?という不安はありましたが。
結果は判定勝ち、当時ボクシング界最年少の現役世界王者誕生となりました。
言わずもがな、バムの伝説はここから始まっています。その後フライ級に戻っての2階級制覇、これも意味不明で、現在はリング・マガジンのP4Pランキングでも4位につけています。
大善戦という名の価値——寺地拳四朗 vs. アンソニー・オラスクアガ
最後に、勝利には至らなかったけれど、代役参戦として強く印象に残っている試合を挙げておきたいと思います。
2023年4月、寺地拳四朗(BMB)のWBC・WBA世界ライトフライ級タイトルマッチに代役として現れたアンソニー・オラスクアガ(アメリカ)です。
本来はWBO王者ジョナサン・ゴンサレス(プエルトリコ)との3団体統一戦が予定されていましたが、ゴンサレスが肺炎を患い欠場。当時プロ5戦全勝と経験値の乏しいオラスクアガが、東京・有明アリーナの大舞台に放り込まれることになりました。
試合は9ラウンドTKOで拳四朗が防衛を果たしましたが、オラスクアガは序盤から果敢に攻め込み、拳四朗を何度も苦しめる場面を作りました。
勝敗だけを見れば拳四朗の勝利ですが、この試合でオラスクアガの名前は一気に世界に、いや、日本に知られることになりました。
この試合を契機として日本にファンベースをつくったオラスクアガは、その後も日本で戦い続け、日本でタイトルを獲得。防衛戦も主として日本で行っており、いつも素晴らしいファイトを見せてくれています。
代役という立場で得た経験と評価は、その後のキャリアに確かな財産をもたらすものだったのではないかと思います。
代役はロマン
とまあ、ここ数年であった「代役」が起こしたビッグアップセットを、思い出すがままに挙げてみました。もう少し古くは、といえばマニー・パッキャオvsレーロホノロ・レドワバあたりでしょうか。もうこの試合からは四半世紀が経ちますね。(それも驚き)
「代役」という言葉には、どこか準備不足や格下感が漂いがちです。
しかしここに挙げた事例を振り返ると、代役とは単なる穴埋めではなく、ボクサーにとって人生を変えうる一世一代のチャンスでもあるということがよくわかります。
準備が万全でなくとも、退路を断たれた状況だからこそ出せる力というものが、ボクシングには確かにあるのかもしれません。
そして、迎える側が十分に対策ができない状態であり、かつ、挑む側は何も失うものがない、特攻状態。
ボクサーは、常に戦える準備をしておくことが非常に重要ですね。
ザック・チェリーの快挙は、その系譜に新たな1ページを加えました。ボクシングというスポーツが持つ、どこに転がるかわからないロマンを、改めて感じさせてくれた一夜だったのだと思います。
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