信太のボクシングカフェ

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ワシル・ロマチェンコの復帰、ダニエル・ローマン熊本で再起戦。引退から復帰したボクサーたちの明暗

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うそかまことか、先日、ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)が引退を撤回し、2026年秋に復帰することが報じられました。

2025年6月に引退を表明していたロマチェンコは、わずか1年あまりでのカムバック宣言。

そして国内に目を向けると、ダニエル・ローマン(アメリカ)が7月26日、熊本で復帰戦を行うことが発表されました。

ボクサーの復帰というのは、いつの時代も大きな注目を集めるものです。しかし歴史を振り返ると、華々しく復帰したものの悲惨な結果に終わったケースも少なくありません。

ロマチェンコ38歳、そしてダニエル・ローマン36歳。

階級を考慮したとき、選手生命が延びた今となってはまだ戦える年齢ではあるものの、リングから離れていることもあり全盛期の動きを取り戻す事は困難でしょう。

このレイオフ期間、どれくらいボクシングに関わっていたのか、というのもこの「劣化」の深度に影響を及ぼす事柄だと思います。

さて、今回のブログでは、過去の偉大なチャンピオンたちの復帰劇を振り返りながら、この二人の復帰がどうなるかについて考えていきたいと思います。

 

 

 

Devin Haney v Vasyl Lomachenko

Vasiliy Lomachenko to return as Top Rank deal expires | Bad Left Hook

ロマチェンコの復帰、そしてローマンも熊本で

まずは今回のニュースから。ロマチェンコは38歳、戦績は18勝(12KO)3敗。

2024年5月にジョージ・カンボソスを11RTKOで下してIBF世界ライト級王座を獲得したものの、2025年6月に引退を表明していました。

しかしわずか1年あまりで復帰を決意、2026年秋にリングに戻ってくるとのことです。

カンボソスを降して王座復帰したロマチェンコ、まさに素晴らしい終わり方だったと感じますから、これは非常に残念なニュースです。

王者のままでキャリアを終わらせる、というのはロマチェンコという高貴で、かつどこか傲慢な感じのするボクサーにぴったりだと思っていたのですが。

そしてダニエル・ローマン。36歳、戦績は29勝(10KO)3敗1分の元WBA・IBF統一スーパーバンタム級王者です。

最終戦は2022年6月のスティーブン・フルトン(アメリカ)戦で、この時はフルトンの持つ統一王座に挑んだ形。それ以来4年ぶりのリング復帰となります。7月26日、熊本の「火の国ファイティング2026」で復帰戦を行うとのことです。

ローマンというボクサーは、非常にテンポがよく個人的にも好きなではありましたが、フルトンには全くと言って良いほど歯が立ちませんでした。

あの時、フルトンも絶好調で、ローマンを完全にシャットアウトした姿は、「フルトンが階級最強」を裏付けるものでもありましたね。

ただ、そこから4年という歳月は、非常に大きい。

さらに、あのフルトン戦である種限界を見せてしまったローマンは、今後何を目標に据えていくのでしょうか。

ともあれ、ベテランボクサーの復帰というのは常に話題になりますが、歴史を振り返ると、その多くが悲劇的な結末を迎えています。

 

 

 

復帰に失敗した偉大なチャンピオンたち

ロベルト・デュラン — 47歳、そして50歳での「余計な一戦」

まず復帰して奮わなかった、として思い浮かぶのはロベルト・デュラン(パナマ)。

最終戦績は103勝(70KO)16敗という伝説的なファイターですが、晩年の彼が見せたのは、かつての輝きとはかけ離れた姿でした。

1998年、47歳で臨んだウィリアム・ジョッピー(アメリカ)戦では3RTKOで敗北。

そして2001年、50歳で行った最終戦、ヘクター・カマチョ(プエルトリコ)戦でも12回判定で敗れています。

このあたりは映像で見た記憶すらもありませんが、当時ボクシングマガジンで「もうおやめとけ」と強く思っていた記憶が鮮明にありますね。

この事が、私にとって「復帰」ということがネガティブな思いを抱かせる理由なのかもしれません。

ラリー・ホームズ — 繰り返される復帰、積み重なる敗北

ラリー・ホームズ(アメリカ)もまた、復帰を繰り返したファイターの一人です。

最終戦績は69勝(44KO)6敗。

1988年、38歳で臨んだマイク・タイソン(アメリカ)戦では4RTKOで完敗。

その後も復帰を重ね、1992年には42歳でイベンダー・ホリフィールド(アメリカ)に12回判定で敗れ、1995年には45歳でオリバー・マッコール(アメリカ)に、1997年には47歳でブライアン・ニールセン(デンマーク)に、それぞれ12回判定で敗れています。

そして2002年、52歳での最終戦となったエリック・エッシュ(アメリカ)戦でようやく勝利を収めていますが、晩年のホームズが見せたのは、衰えを隠せない姿でした。

 

 

 

シュガー・レイ・レナード — 引退と復帰の繰り返し

シュガー・レイ・レナード(アメリカ)も、何度も引退と復帰を繰り返したボクサーですね。最終戦績は36勝(25KO)3敗1分。

最初の引退は1982年、網膜剥離を理由とするものでした。

1984年、27歳で復帰したケビン・ハワード(アメリカ)戦では、4回にダウンを喫するも9RTKOで勝利。ただ、ダウンを喫したということもあり、再度引退を表明しています。

しかしその後、ハグラーvsムガビを見てハグラーに勝てると確信したレナードは復帰(すでにこの時点でイカれているとしか言いようがありません)、1987年にハグラーと戦って物議を醸しながらもスプリットの判定勝利を得ています。

しかし1991年、34歳で臨んだテリー・ノリス(アメリカ)戦では2度のダウンを喫して12回判定で敗れ、一度引退。

それでもリングへの思いを断ち切れなかったのか、1997年にカムバック、40歳での最終戦となったヘクター・カマチョ(プエルトリコ)戦では5RTKOで敗れています。

どんなに優れたボクサーも、年齢には勝てません。

モハメド・アリ — 悲劇的な最終章

そして最も悲劇的だったのは、モハメド・アリ(アメリカ)かもしれません。最終戦績は56勝(37KO)5敗。

The Grreatestと呼ばれるボクサーで、ヘビー級のボクシングに革命をもたらした異端児が、The Best Everであり、それどころか20世紀で、もしくは有史以来、もっとも影響力のあったアスリートであったことは疑いようのない事実。

ランブル・イン・ザ・ジャングル、スリラー・イン・マニラ、反戦活動、ラップの元祖、伝説を数え上げればキリがありません。

1978年にレオン・スピンクスにリベンジを果たして王座を奪還、3たびヘビー級王座を獲得したモハメド・アリは引退、この時点で伝説たるキャリアでした。

王者のまま引退、これで良かったと思うのですが、この翌年1979年にこの引退を撤回、この王者のまま引退して、わずか1年という引退期間はどこか今回のロマチェンコに似ています。

1980年、38歳で臨んだラリー・ホームズ(アメリカ)戦では、10回終了後にコーナーがストップをかけるという無残な敗北。

そして1981年、39歳での最終戦、トレバー・バービック(ジャマイカ)戦でも10回判定で敗れています。

偉大なる「蝶のように舞い、蜂のように刺す」ファイターの最期は、あまりにも悲しいものであり、この2つの余計な2つの試合こそが、のちに患うパーキンソン病の根源となってしまったのかもしれません。

 

 

 

しかし、すべての復帰が失敗に終わるわけではない

ここまで失敗例ばかりを見てきましたが、もちろん成功例もあります。

ジョージ・フォアマン — 奇跡の復帰劇

ジョージ・フォアマン(アメリカ)の復帰劇は、ボクシング史上最も成功した例の一つでしょう。最終戦績は76勝(68KO)5敗。

1987年、38歳でなんと10年ぶりに復帰したフォアマンは、復帰後35勝3敗という驚異的な戦績を残しています。

そして1994年、45歳でマイケル・ムーアー(アメリカ)を10RKOで下し、IBF・WBA統一ヘビー級王座を獲得。

この快挙は世界中を驚かせました。1997年、48歳でのシャノン・ブリッグス(アメリカ)戦が最終戦となりましたが、フォアマンの復帰は間違いなく「成功」と呼べるものでした。

エデル・ジョフレ — 完璧な復帰

そしてもう一人、エデル・ジョフレ(ブラジル)の復帰も見事なものでした。最終戦績は72勝(50KO)2敗4分。

日本でもお馴染みの「ガロ・デ・オロ」、黄金のバンタムは、1966年、ファイティング原田に2度の敗北を喫し、引退。

しかし1969年、33歳で3年ぶりに復帰したジョフレは、復帰後なんと25連勝無敗という完璧な戦績を残しています。

そして1973年、37歳でホセ・レグラ(スペイン)を15回判定で下し、WBCフェザー級王座を獲得。

1976年、40歳でのオクタビオ・ゴメス戦が最終戦となりましたが、ジョフレの復帰は「完璧」と呼ぶにふさわしいものでした。

この時代に40歳まで戦うというのがものすごすぎて、とんでもないことですね。

 

 

 

引き際を知ることの難しさ

こうして見ると、ボクサーの復帰がいかに難しいかがわかります。成功例もありますが、多くの場合、復帰は悲劇的な結末を迎えています。

行き着くところまで行き着けば、「成功」と呼べる例は希少で、もしレナードがあそこで辞めていれば、とか、アリがあそこで辞めておけば、とか、当然のように思う事です。

一方で、もしあそこで辞めてしまっていたら、その後の伝説的な活躍はなかっただろう、と思うこともまた事実。

たとえばジョージ・フォアマン、1977年に天啓により引退してリングを去っていたとするならば、その後の彼の人生、そして我々ボクシングファンの評価は、全く異なったものになっていたでしょう。

そしてモハメド・アリだって、ベトナム戦争での徴兵拒否で引退していた場合、The Greatestにはなり得なかったはずです。

ロマチェンコの復帰、そしてローマンの復帰が、果たしてどのような結果になるのか。

それは誰にもわかりません。しかし歴史が教えてくれるのは、「引き際を知ること」の難しさと、そして大切さではないでしょうか。

両者の復帰戦が、そして復帰後のキャリアが、成功に終わることを願ってやみません。

 

 

 

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