コカイン疑惑、妄想、そしてウェイトオーバーと秤の上での奇行。
まともな試合にならないどころか事故でも起こりそうな予感さえ漂わせたライアン・ガルシア(アメリカ)が、なんとスーパーライト級最強の一角であったデビン・ヘイニー(アメリカ)から3度のダウンを奪ってのまさかの判定勝利。
アップセット・オブ・ザ・イヤー候補、なんていうとガルシアは怒るのでしょうか。
ともあれ、試合の随分前には「ガルシアに勝利してほしいしその可能性もあるけど普通に考えればヘイニー」としたファンは多かったと思いますが、日が経つにつれ期待は何も出来なくなり、結果のウェイトオーバー。
この大注目のビッグマッチ、しかもPPVファイトのメインイベントにおけるウェイトオーバーというものは「最低最悪」と呼べるものではありますが、こういうのは時が経つにつれ風化しがちです。
後味の悪い結果となろうとも、ファイターにとっては結果が全てと言ってもよく、この日、大いに疑惑の判定で敗れたショーン・マコーム(アイルランド)の戦績に刻まれた敗戦も、時が経てば何でもない「1敗」となってしまうのです。
だから戦績というものは時に当てにならず、誰と戦いどう勝利したのか、こそが非常に重要だと感じます。
プロボクシングはショービジネス
ウェイトオーバーをすれば戦績に「負け」を与えろとか、試合をさせるべきではないとか、そういう声が多いのはわかることですし、もちろん私もそうなるならばそれが一番好ましいとも言えます。
ただ、現状そうならないのはあくまでもプロボクシングはショービジネスだからです。
競技性のみを重視したアマチュアボクシングであるならば、ウェイトオーバーは即敗北。リングに上がることすらできません。
両陣営が納得し、大人の事情が絡み合ったとて、リングの上に立つならば何の言い訳もできない、というのがプロボクシングであり、プロボクサーの運命ということなのでしょう。見ているファンが納得しない、ということはあったとしても。
このことはボクシングファンを減少させる原因ともなり得そうなことではありますが、外野がいくら何を言っても致し方のないことであり、今後プロボクシング界がどのようになっていくのか、を見守るしかないのではないかと思います。
さて、今回の話はそんなネガティブなことを書き連ねたかったわけではなく、個人的にはウェイトオーバーしようがスーパーライト級近辺がまた面白くなるのでは、という期待を込めて書きたいと思うのです。
ちなみに規律に厳しい日本人のウェイトオーバーはものすごく悲しいですが、外国人、特にメキシコ人系アメリカ人のウェイトオーバーなんて悲しくもなんともありません。(日本人ボクサーと関わる場合は別)
だって彼らはメキシコの血を引いています。どだい、規律を守れなんて基本的に無理な話。
Four Princes
むかしむかし、あるところに4キングスと呼ばれるボクサーたちがいました。
そのボクサーたちはさながらリーグ戦のように戦い、それまでヘビー級一辺倒だったボクシング界において新たな風を巻き起こし、ボクシングという競技の素晴らしさを伝えてくれました。
それは今からもう40年も前、中量級に君臨した「シュガー」レイ・レナード、トーマス「トミー」ハーンズ、「マノス・デ・ピエドラ」ロベルト・デュラン、そして「マーベラス」マービン・ハグラー。
そしてその80年代を大いに盛り上げた中量級ボクサーたちにあやかり、2019年頃から当時ライト級に集結したアメリカ系ボクサーたちのことをFour Princesと呼んだライターがいました。
若き才能の名は、ジャーボンタ「タンク」デービス、「テイクオーバー」テオフィモ・ロペス、デビン「ザ・ドリーム」ヘイニー、「キングライ」ライアン・ガルシア。
当時ハタチそこそこだったボクサーは可能性に溢れ、その才能は申し分なく、まもなく世界のボクシング界の中心になろうかという蕾の状態。それでも、80年代よりも複雑化したプロボクシング界において、その激突の可能性は低いと言わざるを得ませんでした。
ロペス、ヘイニー、ガルシアと比べて少々年長のジャーボンタ・デービスは、2017年にIBF世界スーパーフェザー級王座を獲得しています。王者は当時無敗だったホセ・ペドラサ(プエルトリコ)であり、つい先日キーショーン・デービスにTKO負けを喫するまでストップ負けはこのタンクにのみ、でした。
フロイド・メイウェザー傘下だったタンクはメイウェザーの庭で戦い始め、プロモーターであるメイウェザーも「PBCファイターとしか戦わせない」と明言。それでもいくつもの素晴らしいノックアウト勝利を飾り続けたタンクは、あっという間に人気者に。あとついでに犯罪者に。
次戦はフランク・マーティンとのパンチャー対決、これで4戦連続無敗のボクサーを相手にすることになります。
かたや全く人気が出なかったのがデビン・ヘイニー。2019年にザウル・アブドゥラエフと決定戦を戦い、WBC世界ライト級暫定王座を獲得するも、誰も見向きはしませんでした。
その後もコツコツと防衛を重ねたヘイニーは、2022年にようやくチャンスを掴み、オーストラリアへ乗り込んでライト級の4団体王座を獲得しています。アメリカを主戦場とする生粋のアフロ・アメリカンが、3つのタイトルを保持しているとはいえ中心地から遠く離れたオーストラリアまで戦いに行ったということはあまり聞かないし、さらにその再戦もオーストラリアで行われた(4団体統一王者が4つのベルトを持って敵地を赴いた)という話もなかなか聞きませんね。これは彼の人気のなさ、後ろ盾の無さがそうさせたとも言えます。
その後本物の王者であるワシル・ロマチェンコを破り転級、レジス・プログレイスを完封したヘイニーは、プライムタイムを思わせるような時間を過ごしていましたが、今回まさかの敗戦。しかも私にはレフェリーに助けられたような試合として見え、だからこそ今回のダメージを引きずらないかを心配するほどなのです。今後、もしヘイニーのパフォーマンスが落ちたならば、今回のあのレフェリーのせいではないか。
そしてイマイチ実力を計りかねているのが、テオフィモ・ロペス。ホンジュラスにルーツを持つ陽キャのベストパフォーマンスというのは、結局2019年のリチャード・コミー戦まで遡らなければならないのではないでしょうか。
素晴らしい右カウンター一閃でコミーをマットに沈めたあの戦いから、アクション少なめでロマチェンコに勝利し、何者でもない伏兵ジョージ・カンボソスJrに敗北。
スーパーライト級に上げるも、その戦いはノンタイトル戦から微妙な戦いもあり、前戦のジャーメイン・オルティスも何とかサバイブしたものの、良いパフォーマンスとは言えませんでした。唯一、ジョシュ・テイラー戦が良かったくらい。
相手を舐めてかかるのか、兎角格下を相手にすると強くないロペス、このムラッ気こそが良いところなのかもしれません。
さて、最後の一人はムラッ気では負けていないかもしれないライアン・ガルシアですが、このボクサーの問題はムラッ気がリングの中だけではない、ということです。
このヘイニー戦での奇行を見ていると、もうボクサー生命もさほど長くはないのでは、と思ってもしまいますが、今後しぶとく生き残っていく道だって見えなくはない。
左フックだけの選手、と言えばそうなのかもしれませんが、とにかくこの左フックを必ずと言って良いほど(「必ず」ではない)当てるボクサーで、そういうボクサーを私たちはノニト・ドネアくらいしか知らない。このまさに「必殺」と言える左フックを持っているからこそ、誰とやっても期待の持てるボクサーであることは確かです。
タイトルとは縁遠いですし、一体何を考えているのかもわからないので、今回のヘイニー戦に勝利したことは今後の彼のキャリアにとって吉なのか、それとも凶と出るのかすらもわかりません。この勝利で天狗になって周りのいうことを全く聞かない、みたいな未来も見えてしまいます。
それでも4人の王子たちの行く末は
思えば4人のキングたちは非常にまともであったと思えます。無茶な世界タイトル戦や微妙な判定等こそあったものの、彼らはリングの上でちゃんと決着をつけようとしていました。
理由はカネになる、でも何でも良いので、そろそろこれらのボクサーが互いにぶつかり合う様を見たい、と私はいまだに思っています。
本気でこれを叶えようとしているのは現状ライアン・ガルシアだけで、プロモーターの垣根を取り払い、ジャーボンタ・デービスと戦った。これが皮切りとなり、お互いが接近するかとも思いましたがそんなことも全くなく。
ライアン・ガルシアの言動は今や意味不明であり、ウェイトオーバーという禁忌を犯し、それでもなお、やはり面白いマッチアップが生まれる一角には、必ずライアン・ガルシアがいます。
どんな状態にあろうとも、この4人の王子たちの直接対決を見るためには、ガルシアの言動は必要にして不可欠なものなのです。
まあそんなわけで、ここから数年の間、この辺りの階級をまだまだ騒がせそうなライアン・ガルシア。今回のウェイトオーバーはボクシングへの冒涜と言われようとも、なんとか踏ん張ってボクシング界に必要なマッチアップを創出し続けてもらいたいものですね。
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