生粋のファイター、木村翔
私が木村翔というボクサーを強く意識したのは、坂本真宏(六島)とのWBOアジア・パシフィックフライ級王座決定戦の頃でした。この坂本は、大阪市立大学に入学後に大学のボクシング部でボクシングをはじめ、のちに世界戦まで辿り着いた変わり種。
国公立大学のボクシング部は環境が整わない所も多く、大阪という地を考えれば他大学よりもボクシングに打ち込める環境はあったとは思いますが、個人的には応援したいボクサーのひとりでした。
その坂本の相手に、木村翔(青木=当時)というボクサー。
事前に確認した木村翔というボクサーは、デビュー戦で黒星、新人王戦は準決勝でドロー(敗者扱いで決勝には進めず)。2度の引き分けを挟んでの12連勝中で、これまでの最長ラウンドは6ラウンド。いきなりの12Rのタイトルマッチで大丈夫なのか、そもそもこの選手はライトフライ級の選手じゃないか。当時は15戦12勝(6KO)1敗2分。キャリア初期は判定ばかりでしたが、コツをつかんだのか坂本戦前まで6連続KO勝利。前戦はタイで1RKO勝利をしています。今回も木村にとってはアウェーとなる大阪に乗り込んできます。
非常に謎の多いボクサーでした。
坂本真宏は全日本新人王を獲り、その後も2連勝。当時8戦全勝(4KO)という戦績の、大学院生ボクサー。こちらもこれまでの最長ラウンドは8R。
この試合は、配信サービス 「Boxing Raise」で観戦。
この試合はそんなに注目された試合ではなかったかもしれません。ゴングが鳴ると、2人のボクサーは足を使うことなく、ガードを固め、パンチを交換しあいます。全体的な印象として、木村のパンチの方がしっかり腰が入っていて、木村のブロッキングの方が固い。判定は2-0で木村の勝利でしたが、もう少し差がついても良い位の内容だったと思います。
思い切り「打ち付ける」感じの右ストレートが気持ちいい。
時折強振する左フック、左ボディー。左アッパーも縦にまっすぐ入る。
近い距離でのパンチは多彩で、何よりも物怖じしないハートの強さ。
私の大好きなタイプの生粋のファイターでした。
坂本戦の勝利で、WBOアジア・パシフィックフライ級王者となり、WBOの世界ランクも手に入れた木村。その後、香港での試合を豪快KOで片付けると、そのたった2ヶ月後に大きな大きなチャンスが巡ってきます。
2017年7月28日 中国 WBO世界フライ級タイトルマッチ
王者 ゾウ・シミン vs 挑戦者 木村翔(同級7位)
北京オリンピック、ロンドンオリンピックで金メダルを獲得した中国のゾウ・シミン。2度目の挑戦で世界タイトルを獲得し、今回が初防衛戦でした。
世界王者になるよりも難しいとも言われるオリンピックでの金メダル獲得。しかも、2大会連続。
いわゆるアンダードッグ、かませ犬的に中国に呼ばれたであろう木村。
勿論下馬評は中国の英雄、ゾウ・シミンの絶対有利。
アップセットを狙い、しっかりと仕上げてきた木村は、初回から前に出てゾウを追いかけます。距離をとるアマチュアスタイルのゾウをおいかけ、頭をくっつけてボディの乱打。
ヒットはゾウの方が多く、木村の入ってくる所にカウンターを入れるものの、前進は止まりません。序盤、バッティングで木村は右目をカットするも、闘志は衰えず。
追い掛け回されたゾウは、10Rに劣勢に立たされます。
続く11R、勝負とばかりに猛チャージをかける木村。手を出しながら前に出る木村ですが、手がいっこうに止まりません。木村の右ストレートが何度もゾウを捉えます。
逃げるゾウ、追う木村。
ロープにつまったゾウに、木村は連打連打連打!ゾウがダウン!立ち上がったゾウでしたが、レフェリーはストップ!
木村翔、見事世界チャンピオンに!!
旺盛な手数、スタミナ、諦めない心。ハートの強いチャンピオンが、敵地・中国で戴冠しました。
そして中国の英雄、ゾウ・シミンをKOした木村は中国でも人気者になっていきます。
ここから数ヶ月の間、当時所属していた青木ジムにも中国からの旅行者が多く来たり、中国メディアの取材も非常に多かったそうです。
その後、帝拳ジムの五十嵐俊幸(元WBC世界フライ級王者)を相手に初防衛戦をTKOで飾り、中国でフローイラン・サルダール(フィリピン)を6RKOで退けます。
とにかくファイター木村の試合はおもしろく、エキサイティングです。
そして木村は、またもアウェー、愛知の地で当時2階級制覇王者、田中恒成(畑中)の挑戦を受けます。
この試合は、個人的にどちらを応援するか本当に悩ましい試合でした。
日本の未来を担う、スーパーホープ田中恒成。世界最速タイの12戦目での3階級制覇を狙います。
この試合は大激闘。
スピードは田中に分がありますが、体全体のパワーは木村の方が上。
木村はいつもどおりガードが固く、田中の打ち終わりに力強いフックを振ります。
田中は退かず、打ち合った事が功を奏したかもしれません。ゾウ、五十嵐、サルダール、いずれも下がり、木村の連打に飲み込まれてしまっていました。
田中は、ハートの強い木村に、ボクシングの技術は勿論、気持ちで負けなかった事が勝因といえます。サイドステップも有効につかえて、結果、田中が2-0の判定で新チャンピオンに。
かなり際どい判定を落とした木村でしたが、まだまだやれることは明らか。
そこから半年後、再起戦はまたも中国での試合。タイのウィチャー・プライカオを3RでTKOすると、早くもチャンスが巡ってきます。
1階級下げての世界戦のチャンス。
WBA世界ライトフライ級タイトルマッチ、王者はカルロス・カニサレス。過去、田口良一(ワタナベ)と引き分け、その後小西伶弥(真正)との王座決定戦を制して王者に。未だ無敗の王者でしたが、田中恒成とも互角の勝負をした木村に大きな期待が集まります。しかも、決戦の場所は木村の「ホーム」とも言える中国。
ガードを上げ、ジリジリを距離を詰めて、多彩なパンチを振るう。しかしそのパンチがことごとく空を切る。あと一歩が足りないのか。ライトフライ級まで落とした減量のせいなのか。やはりいままでの木村とは違う。
後半には木村が明らかに疲れている。ゾウ・シミンとの11R、猛チャージをしたあのスタミナはどこへ行ったのか。田中恒成との試合でも、後半、ペースを上げる事ができた。しかし、この日はそれがない。
最後の最後まで一発当たればの期待がありましたが、結果はカニサレスを捕まえきれず、大差判定負け。
そこから少しの間、木村のニュースは途絶えます。
更には、所属の青木ジムがなくなってしまいます。
再起戦が決まっていたものの、木村からのコメントは聞こえてきません。
一時的に花形ジム所属となったき村は再起戦に臨みます。
復帰戦の相手は、元WBOミニマム級王者、メルリト・サビーリョ。
カニサレス戦から復帰戦の間、トレーナーも変更となったそうです。ジョベン・ジョルダというフィリピン人トレーナー。
かつての木村は、どこかの記事で読んだのですが、基本的にはミット打ちとスパーリングで調整するやり方だったと記憶しています。ディフェンスも基本はブロッキング。このトレーナーについてからは、サンドバッグを打つようになったり、ボディーワークを学んでいるよう。
この日の木村は、今までにない踏み込んでのコンビネーションや上体でかわすディフェンス、連打でなくカウンターでのパワーパンチ等、これまでのスタイルのアップデート版を披露し、サビーリョに圧勝。
「つまり僕はのびしろだらけ」
ボクシング・マガジンの木村翔のインタビュー記事でのひとことです。まさにその通り、木村はまだまだ進化の途中。このブログを書こうと思ったのも、ボクシング・マガジンのインタビュー記事を読んだからなのですが、ほぼ海外を主戦場としているような木村の情報は実際なかなか入ってこないのが現状です。
一度、世界チャンピオンという夢を叶えた後に、以前のようなハングリー精神を呼び起こすのは非常に難しいと思います。しかし、木村翔の「強さに飢えている」ハングリー精神はいささかも衰えていないと感じます。それを感じたのが、上記の言葉です。
中国には木村のスポンサーがいて、中国人の木村のファンは多いと思いますが、日本ではまだまだ実力に見合ったものではないと感じています。木村のボクシング技術同様、日本での知名度はまだまだ伸びしろだらけ。もっともっと活躍して、逆輸入ボクサーとしての凱旋を期待しています。
今年、世界再挑戦を目指す木村翔。また応援できる日を心待ちにしています!!