モルティ・ムザラネ。
硬質なパンチとやりづらさを併せ持ち、それでいて何度も日本に来てくれるこの世界王者は、日本人ボクサーにとっては良い敵役で、いつしかその牙城を崩してくれるのは日本人のボクサーだと勝手に思っている節がありました。
しかし、ムザラネ陥落の地は日本ではなく、イギリス。
もしかすると、地元判定にやられたのか?とも思いましたが、どうやらそうではなさそうです。
今回のブログでは、ムザラネvsエドワーズの簡単な試合展開、そしてIBFで政権交代が起こったあと、フライ級の展望について書いていきたいと思います。
IBF世界フライ級タイトルマッチ
モルティ・ムザラネ(南アフリカ)39勝(26KO)2敗
vs
サニー・エドワーズ(イギリス)15勝(4KO)無敗
前戦で八重樫を退けたムザラネは4度目の防衛戦。坂本、黒田、八重樫を降し、すべて敵地で3度の防衛に成功しているムザラネ、我々からすると38歳という年齢と、長いブランクが心配でしたが、ここは問題なく勝利してくれるだろうと思っていました。
しかし、ご存知の通りムザラネは大差判定負けで敗れ、王座陥落。無敗のサニー・エドワーズが新王者となりました。
初回からガードを固めて前進するムザラネ。エドワーズは距離を保ち、ジャブ、ストレートを突いては再度にまわり、フックでまわします。
サウスポースタンスに構えるエドワーズは、時折スイッチを織り交ぜ、追うムザラネを翻弄します。
ムザラネはガードの上からの被弾を気にすることなく、ガードを固めて追いかけ、エドワーズをロープやコーナーに詰められれば連打。しかしエドワーズはリングの使い方が上手く、なかなか詰まる事はありません。
ムザラネは右から入るパターンがほとんどで、エドワーズが打ってくる際に(又はフェイントをかけた際に)固まってしまう事が多い。固まってしまうと、エドワーズとしては逃げやすくなるのでこれは良くありません。
ともにですがクリーンヒットは少なく、ムザラネに至っては中間距離ではほとんど手が出ません。これはエドワーズにポイントが流れてしまうのは、ホームの利もあり致し方のない事かもしれません。
エドワーズは強く打たず、動きながら打つ軽打ながらその手数は止まらず、そのパンチのアングルも多彩でムザラネに「ガード」以外の選択肢を与えません。
ムザラネはまっすぐに追いすぎ、本来であればエドワーズの行き先を塞ぐようなステップワークをしたいところではありますが、全然できていません。こんなに追うのが下手なボクサーだったことに驚きです。
見栄えの面でも、バランスを崩しながら追うムザラネよりも、時折コンビネーションを出し、自分のペースで試合を進めているように見えるエドワーズの方が良いように思います。
終盤、更にプレスを強めて、上体の動きでかわすこともでき始めたムザラネでしたが、遅きに失し、判定は3-0(118-111、120-108、115-113)でエドワーズ。
サニー・エドワーズがIBF新王者に!
ボクシングとして面白い試合内容ではありませんでしたし、エドワーズがタッチボクシングに終始する様は、見ていて眠くなるような試合でした。
ただ、このエドワーズは上手いですね。ムザラネをしっかりと捌いてみせました。
こういう作戦、こういうボクシングしか今はできないとは思いますが、これは英国から出てこなさそうな王者の誕生。
ムザラネに頑張ってほしかったですが。。。残念です。ちょっとアウトボクサーは苦手、入り方がワンパターンになっていたところを見るとサウスポーも苦手っぽかったです。ジャブもなくいきなり右ストレートから入る、それもその入り方しかできないのであれば、あの足の速いボクサーを捕まえるのは容易ではありません。
一応、このムザラネvsエドワーズには再戦条項があったようなので、それを持ちかけるようですが、ムザラネが今度はしっかりとエドワーズ対策をして臨む事を期待しています。
ちなみに、5/14(日本時間5/15)には、このIBF王座への挑戦者決定戦が開催される予定です。7位のジェイ・ハリス(イギリス)18勝(9KO)1敗と5位のリカルド・サンドバル(アメリカ)18勝(13KO)1敗。この勝者が、指名挑戦者としてサニー・エドワーズの次戦の相手になるかもしれません。
尚、IBFのランキングを見ると、最上位の3位にジェイソン・ママ(フィリピン)15戦全勝8KO、4位にムザラネに負けたムハマド・ワシーム(パキスタン)10勝7KO1敗とありますが、このふたりが挑戦者決定戦に名乗りを上げなかったのは何故でしょうかね。
ともあれ、IBFの政権交代となりましたが、今後のフライ級はどうなっていくのでしょうか。
忖度なしで、現在のフライ級王者の中で個人的評価の高いのはこの王者。
WBO王者
中谷潤人(M.T)21勝(16KO)無敗
171cmのサウスポーというだけで脅威ですが、その体格に甘んじることなく接近戦もこなし、KO率が誇るとおり倒しに行くボクシングをするエキサイティングな王者。
キャリア初期に見せた線の細さも今はほとんど感じさせず、(実際の線は細いものの)フィジカルも相当なものを持っています。
6階級制覇というとんでもない大目標を掲げる日本期待のホープ、今後に期待です。
WBO王座は決定戦で取得したものであり、次戦ではWBO指名挑戦者のアンヘル・アコスタ(プエルトリコ)という強敵を迎える予定です。コロナ次第ですが。。。
そしてこの指名戦をクリアしたあとは、どこかの団体との統一戦を経て、次の階級に上がるのも良いですね。ウェイト的に少し無理がありそうな感じがしています。
WBC王者
フリオ・セサール・マルティネス(メキシコ)17勝(13KO)1敗1NC
マッチョの国、メキシコの王者は、その出自のとおり、超攻撃的な王者です。
とにかく強打を打ち込み、連打は止まらず、それをフルラウンド続けられるスタミナを有しています。ボクサーというより動物に近い凶暴性を見せることもしばしば。
初の世界戦となったチャーリー・エドワーズ(サニー・エドワーズの兄)に挑んだ試合では、圧倒しながらも3R、ダウン後の加撃で無効試合に。ルール無視のキラー・インスティンクト。
それがあってエドワーズはこのマルティネスとの再戦を拒否、新たにクリストファー・ロサレス(ニカラグア)との王座決定戦が組まれます。それを9RTKOで屠って獲得したWBC王座は、現在2度の防衛。
コロナがなければもっと積極的に防衛をこなしているであろう王者ですが、前戦、モイセス・カジェロス(メキシコ)戦はノーダメージでクリア、そろそろ防衛戦の情報が出てくるでしょうか。
WBA王者
アルテム・ダラキアン(ウクライナ)20勝(14KO)無敗
現在の王者の中で、最も底が知れないのはこのダラキアンかもしれません。ウクライナ出身のリトル・ロマチェンコとも言われるこのボクサーは、デビュー10年で20戦、あまりアクティブな方ではありません。
そのボクシングは、まずはノーガードで相手を誘い、距離と横の動きでパンチをかわし、接近戦してはロマチェンコのようにサイドにまわり、強いパンチを当てるスタイル。
まるで掴みどころはなく、あまり動きが柔らかくないナジーム・ハメド、もしくはコンビネーションを打たない(一発に秀でた)ロマチェンコ。
本当に底が知れず、他団体の王者との対戦が見たいですね。
正規王者の他の注目選手は
WBA暫定王者
ルイス・コンセプシオン(パナマ)39勝(28KO)8敗
あのファイトスタイルで、36歳となった今も闘い続けるコンセプシオン。凄いのひとこと。そしてまたWBA暫定王者。河野公平(ワタナベ)とやったときも同暫定王者だったと思いましたが。
2018年、アンドリュー・マロニー(オーストラリア/ジェイソンの弟)に敗れてもう終わりかと思ったら復活しましたね。
WBC暫定王者
マックウィリアムス・アローヨ(プエルトリコ)21勝(16KO)4敗
こちらは世界王者クラスの実力があると早くから評されつつ、ようやく暫定ながら戴冠のアローヨ。しかしWBC正規は非常に活動的なのに暫定とは、恐れ入ります。
それでもマルティネスvsアローヨのWBC王座統一戦はなかなか良いマッチアップなので、見たい。
WBOトップコンテンダー
アンヘル・アコスタ(プエルトリコ)22勝(21KO)2敗
前WBOライトフライ級王者であるアコスタ。2019年6月、エルウィン・ソトに敗北し、同王座から陥落、2021年3月の復帰戦はスーパーフライ級リミットで闘い、ようやく初の判定勝利というハードパンチャー。
2敗はそのソトと、2017年に来日した際の田中恒成(畑中)戦。中谷潤人への指名挑戦権を有していますが、これは強敵。
ジェイ・ハリス(イギリス)18勝(9KO)1敗
2020年2月、WBC王者、フリオ・セサール・マルティネスに挑戦したハリス、こちらも良いボクサーでした。
なかなか良いコンビネーションを持っており、狂気・マルティネスのプレスにも臆さず、ダウンを奪われはしましたが勇気を持っていました。
サニー・エドワーズよりも個人的には期待したいボクサーです。
その他の気になるボクサー
アンドレス・カンポス(チリ)9勝(2KO)無敗
決してボクシング強豪国とは言えないチリの新鋭、カンボス。まだ世界ランク下位ながら、今年中の世界挑戦を見据えているそうです。チリ初の世界王者を目指すカンポスは、非常に期待が大きいようですね。
昨年、ジェイソン・マロニー(オーストラリア)の井上尚弥(大橋)挑戦を見据えたキャンプに同行したWBOラテン王者は、リズムをかけつつプレスをかけるプレッシャーファイターですが、戦績の通りパワーはあまりないイメージ。
現状は、どの(正規の)王者に挑むも、分が悪いイメージは大きいですね。
ホセリート・ベラスケス(メキシコ)12勝(9KO)無敗1NC
こちらはハイパワーの元オリンピアン。突き刺すようなジャブもよく、フットワークも使えますがやはり打ち合いを好みます。
2019年、アドリアン・クリエルとの同国人ホープ対決を制し、2020年は判定勝利も無効試合に。これはコロナによるプロスポーツの停止期間と重なったためであり、実質は13連勝です。
ジョエル・フィノル(ベネズエラ)3勝(1KO)無敗
リオオリンピックのメダリスト、フィノル。2019年にプロデビューした24歳は、今、少しずつプロの水になじませているところでしょう。
アマ時代から完成度の高いボクシングをし、サウスポースタンスから繰り出される左ストレートは素晴らしく、またスイッチも器用にこなす、およそ穴の少ないボクサーです。
何よりもボクシングファンとして応援したいのは、あのエドウィン・バレロの義弟というドラマを持っていること。
バレロが殺めてしまった奥さんは、このフィノルの姉。
フィノルはバレロを介してボクシングにのめり込み、オリンピックで金メダルをとるという目標を掲げたのはこの事件の後だったということです。
その金メダルという夢は叶いませんでしたが、今後、このフィノルがどんなキャリアを歩んでいくのか、バレロに関わりを持つ日本のボクシングファンは見守っていきたいところです。
フライ級は日本のお家芸!
海外にも勿論、フライ級の強豪はたくさんいますが、実際はどの国よりも「日本」こそがフライ級という階級においては強豪国ではないでしょうか。
WBO王者の中谷潤人を筆頭に、
日本王者
ユーリ阿久井政悟(倉敷守安)15勝(10KO)2敗
WBOアジア・パシフィック王者
山内涼太(角海老宝石)7勝(6KO)1敗
WBCユース王者
畑中健人(畑中)11勝(9KO)無敗
日本・OPBF・WBOAPランカー
桑原拓(大橋)8勝(4KO)
日本ユース王者
白石聖(井岡)10勝(5KO)1分
と、有望なボクサーたちが数え切れないほどいます。
現在、日本王者のユーリ阿久井は挑戦者選びに苦労している状況ですが、トップコンテンダーの畑中がそこに挑むとなればファン垂涎の日本タイトルマッチ。
(個人的には両者を応援しているので、あまりやってほしくはありません。。。)
WBOアジア王者の山内も、外国人選手を呼べない現在は防衛戦は滞っている状況かもしれません。世界ランクも最上位ではWBA2位という位置につけているので、海外での挑戦なら早期の挑戦もあり得るのかもしれません。ただ、個人的にはもう少し国内で証明してほしい。
畑中は主に外国人選手を相手にしてきたものの、対戦相手の質としては問題なく、はっきり言って既に王者クラスの実力はあると見えます。あとは陣営がどのタイトル戦にゴーサインを出すか、、、というところですが、国内で挑める上記の日本・WBOアジアパシフィックのタイトルホルダーはかなり危険な相手です。今後の動向に注目したいですね。
最後に、元WBO世界フライ級王者、木村翔(花形)。
前戦はメルリト・サビーリョ(フィリピン)を2RTKOで降しましたが、そこから1年超のブランク。次戦の話は聞こえてきませんが、おそらく適正はフライ級だと思います。
本人は、井岡一翔戦(スーパーフライ級)を目標にしたいと語りますが、果たして。
日本のお家芸、フライ級。
ライトフライ級もそうですが、この軽量級は日本ボクシング界の宝物庫です。
今後も夢を見させてもらいたいですね!