先週末はNetflixで初のスポーツライブ配信となったマイク・タイソンvsジェイク・ポール、そしてリヤドシーズン・ラティーノナイトがありました。
カードの素晴らしさの面においては勿論リヤドシーズンが上回り、純粋なボクシングとしてのその内容や結果としてもリヤドシーズンの方が上回った、ということは周知の事実です。
しかし、話題はNetflix興行の方が多いと思われ、これはアメリカで現地観戦したファンたちが多かったこと、そして58歳という年齢のレジェンド、「アイアン」マイク・タイソンの出場という面が非常に大きかったであろうことは推察できます。
今後もジェイク・ポールをこの配信の顔としてやっていくのであればボクシングファンにとっては悲劇的なことですが、ともかくこのボクシングを逸脱したエンターテイメントは一応の成功を見た、といって良いのでしょう。
そしてこのNetflix興行の中で、そのパフォーマンスで最もインパクトを残したのは、女子のファイト・オブ・エバーであるケイティ・テイラーvsアマンダ・セラノ2ではなく、またマリオ・バリオスvsアベル・ラモスの互角の戦いでもなく、ブルース・カリントンではなかったか。(見てない癖に言いますけど。)
この才能溢れる若きボクサーは、将来の井上尚弥の対戦相手候補でもあり、フェザー級のトップコンテンダー。
今回のブログは、目前に迫る世界タイトルマッチを前に、2度のダウンを奪う快勝を見せたブルース・カリントンについて。
ブルックリン,NY「ブラウンズヴィル」
アメリカでも最も危険な地域、とされる、ニューヨークのブルックリンにある地区。
この地区は黒人が多く住むことから「ブラウンズ・ヴィル」と名付けられたことが想像されます。
そんな治安の悪い場所、ブラウンズヴィルに1997年4月17日、ブルース・カリントンは生まれたそうです。カリントンの生まれた2ヶ月後、この地区出身のレジェンド、マイク・タイソンがイベンダー・ホリフィールドの耳を噛みちぎったわけですね。
このブラウンズヴィルといえばマイク・タイソンやダニエル・ジェイコブス、ザブ・ジュダー、リディック・ボウといった名王者を排出している地域ですが、どのボクサーも幼少期や少年期に暮らしたこの街の壮絶さを語っています。
この非常に治安の悪い街であるブラウンズヴィルに暮らしていたカリントン、7歳の時からボクシングを始めたそうで、その理由は「学校でいじめられないように、護身のため」と父に勧められたからだそうです。
そしてこの凶暴な地区は、彼の人生に大きく影響を与える事件を残しています。
それが、カリントンの兄、マイケル・ヘイデンが銃撃戦に巻き込まれ、命を落としてしまったという事件です。当時21歳だったと思われる兄は、テレビゲームを買いに行った帰りに銃撃されたそうです。
このヘイデンが何か悪事に手を染めていて狙撃された、ということではなく、ギャングたちの入門儀式の一環として行われていたランダムな銃撃の被害者となってしまった、と報告されています。なんと不運なことでしょうか。
ヘイデンは周りから「IKE(アイク)」と呼ばれていました。
そしてカリントンのトランクスには常に「Forever IKE」の文字が刻まれ、カリントンは兄と共にリングに立っています。
アマ戦績255勝31敗
アメリカでは8歳から公式戦に出場できるので、カリントンもかなり早くから公式戦に出場していたのでしょう。その中でもこの勝率は凄まじく、初期からかなりの才能を持っていたボクサーなのだと思います。
日本で言えばアンダージュニア(小学5年生〜)よりも下の大会なので、そこまで大きな大会はないのでしょうが、カリントンはニューヨークシティのゴールデングローブで優勝(2017年)、そしてアメリカ国内のオリンピック・トライアル(2019年)でも優勝しています。
このオリンピック・トライアルでの優勝経験は本来、カリントンを東京五輪の代表として押し上げてくれるはずでした。しかし、2020年の東京五輪はコロナパンデミックによって予選が消滅、予選が消滅した地域は選考方法が変更され、ランキングシステムに基づいて選考されるという結果に。
当時デューク・ラガンの方がランキングが上だったため、東京五輪にはラガンが出場しています。この東京五輪でデューク・ラガンは見事銀メダルを獲得していますが、2019年のアメリカ国内のトライアルではブルース・カリントンに初戦で敗北しているのです。
ともあれ、ある種コロナに運命を狂わされたカリントンでしたが、すぐに前を向きプロデビュー。ラガンは東京五輪前の2020年にプロデビューしていましたが、現在のプロ戦績は9勝(1KO)無敗、そしてカリントンは2021年10月というプロデビューながらもすでに14勝(8KO)無敗というキャリアを残しており、大きく差を広げています。
シュシュ:「すべてに勝るもの」
ニックネームの「Shu Shu」は「the one who rises above all」(すべてに勝るもの)という意味だそうです。
現在WBCのフェザー級ランキングで1位、WBAとWBOで2位、そしてIBFで5位、4団体全てで上位にランクされています。
デビュー時からトップランクと契約しており、2022年に4試合、2023年に5試合、2024年に4試合とかなりハイペースでキャリアを積んでいます。それも、勝率5割以下のキャリアを積むためだけの相手ではない、というところはトップランク・プロスペクトとしては特筆すべきところでしょう。
2024年は大躍進の年で、バーナード・トーレス(ノルウェイ)を破って地域タイトルを獲得すると、その初防衛戦でブライアン・デ・ガルシア(パナマ)を8RTKOで破ります。そしてその後、スライマン・セガワ(ウガンダ)に勝利、先日のダナ・クールウェル(オーストラリア)に完勝しています。今年はかなり骨太な相手に4連勝、今年の中盤ぐらいから「次は世界」と言われ続けてきたカリントンですが、それ以降もまだ強敵と危険なマッチメイクを続けています。
↓おそらくキャリアで最も苦戦したスライマン・セガワ戦
そのほかの情報としては、アマ時代のナショナルチームでチームメイトだったキーショーン・デービスと仲が良く、お互いの試合を観戦したり一緒にイベントに出席したりしているそうで、リスペクトのある関係だと紹介されています。
そして、トレーナーはカイ・コロマ、シャクール・スティーブンソンやジャレット・ハードといったボクサーを指導したトレーナーですね。このカイ・コロマはUSAボクシングのナショナルコーチも務めているそうです。当日のセコンドには父カリントン・シニアの姿もあります。
敗北よりも大きな試練を乗り越えて
兄との死別。それも兄には全く落ち度のない、一体どこに怒りをぶつけて良いかもわからないという死別。
目標への挫折、それも掴んでいたはずのものが、勝手なシステム変更によってするりと手から抜け落ちました。
この二つの挫折、こと兄との死別においては挫折というには生ぬるいものでしょうが、ブルース・カリントンはこのことを悩みつつも受け入れ、そして自らに責任のない代表選考落ちも受け入れて前を向き、プロでのスタートをしました。
この想像を絶する「受容」という作業は、きっと彼の心をタフに磨いたのでしょう。
プロでの彼はまだ挫折を知りませんが、それでもこのボクサーはたった1敗程度で絶望に打ちひしがれそうにはなく、たとえば絶望的な試合展開であったとしても最後まで試合を投げるなんてことはしないでしょう。
かつての彼のインタビュー、2022年のBOXING NEWSに掲載された記事には
私はたくさんのことを背負っているから、忍耐力があると思う。そして、自分が育った場所からやってきて、自分が見てきたものや経験してきたことは、ファイターとしての違いを生む。闘志を燃やしながら戦う。そして、どの試合でも、必ず兄と一緒に戦うようにしている。マイク・タイソンのタオルを持って入場するとき、タオルの前面に「フォーエバー・アイク」と書かれているのがわかるだろう。兄の名前はマイケル・ヘイデンで、みんなアイクと呼んでいた。そして、私はどの試合でもアイクを連れて行く。グローブの親指の部分にさえ、「フォーエバー・アイク」と書かれている。そういったことすべてが、私に忍耐力を与え、先ほど言ったように、闘志を燃やし、どの試合にも違った怒りを持って臨むようにしている。
と書かれています。
ブルース・カリントンに注目すべきはそのファイトスタイル云々ではなく、そのインテリジェンスや背負ってきたものです。
もしかすると彼が注目され、彼の過去が語られることで、アメリカの銃社会のあり方に一石を投じられる可能性もあるのかもしれません。
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