たった2週間で、世界は大きく変わりました。
2017年9月9日、今はなきHBOが「SUPERFLY」なる興行をうってからはや7年弱。
この第一弾の大会ではシーサケット・ソー・ルンビサイ(タイ)が元PFPキング、ローマン・ゴンサレス(ニカラグア)に衝撃的なノックアウト勝利。そしてそのアンダーカードでファン・フランシス・エストラーダ(メキシコ)がカルロス・クアドラス(メキシコ)を破り、シーサケットへの挑戦権を得ています。
この半年ほど前、チョコラティートの王座に挑んだシーサケットは、微妙な判定で王座を奪取しての初防衛戦でした。
この時、シーサケットが守った王座はWBCのみだったわけですが、間違いなく、この時この階級の覇権はシーサケットにありました。
シーサケット王朝
シーサケットはチョコラティートを返り討ちにして初防衛に成功すると、2度目の防衛戦では指名挑戦者、ガジョ・エストラーダを迎えます。
これまた互角の戦いを演じたシーサケットですが、エストラーダを見事退け2度目の防衛に成功すると、ノンタイトル戦を1戦挟んで3度目の防衛にも成功しています。
しかし4度目の防衛戦で再びエストラーダを迎えると、ここで判定負けを喫して王座を明け渡すことになります。これは2019年4月26日のことでした。
在位にして2年、振り返ってみると結構長かったんですね。
ファン・フランシス・エストラーダ
「SUPERFLY」という興行を手掛けたHBOは2018年末を持ってボクシングから撤退。ただ、これらの軽量級ファイトはDAZNが引き続き面倒を見る形になりました。
シーサケットから奪ったWBC王座を、先日バム・ロドリゲスに奪われるまで保持していたエストラーダは、在位にして5年と2ヶ月もの間君臨することになりました。
しかしその防衛戦はというとたったの5度。しかもそのうち2戦はローマン・ゴンサレスとの2戦であり、改めて見るとやばいぐらい戦っていません。
太平洋を隔てるとその理由が全くわかりませんがこのエストラーダの人気は凄まじく、また評価も非常に高かったようです。
2021年に行われたローマン・ゴンサレスとの第2戦(1戦目はライトフライ級)は当時WBA王者に返り咲いたロマゴンとの王座統一戦であり、実力も伯仲していると見られ大いに話題となった一戦。これはどちらが勝ってもおかしくないような試合内容、というか私の目にはロマゴン勝利と思ったわけですが、エストラーダはここをスプリットの判定で勝利しています。
井岡一翔の4階級制覇
井岡一翔は世界3階級制覇を成し遂げ、2017年末に引退。
ジム移籍のあと復帰戦で「SUPERFLY」の第3弾興行に出陣して復帰しています。
相手はマックウィリアムス・アローヨ(プエルトリコ)という強豪であり、初の海外戦でこの強豪に完勝するなんて今考えても尋常なメンタルではありません。
その次のドニー・ニエテス(フィリピン)との王座決定戦では惜敗も、そのニエテスと引き分けたアストン・パリクテ(フィリピン)に10RTKOでWBO世界スーパーフライ級王座を戴冠、見事な4階級制覇を達成しています。
これが2019年6月19日のことで、エストラーダがWBC王者となってからわずか2ヶ月後のことでした。
この復帰後の井岡一翔の戦いはどれも強敵を相手にしており、ジェイビエール・シントロン(プエルトリコ)、田中恒成(畑中)、フランシスコ・ロドリゲスJr(メキシコ)、福永亮二(当時角海老宝石)、ドニー・ニエテスとの再戦をクリアして当時のWBA王者、ジョシュア・フランコ(アメリカ)との一戦にたどり着きます。
このフランコ初戦はドローでしたが、その後WBO王座を返上した井岡はいち挑戦者としてフランコに挑み、この戦いに勝利。WBA王者となって初防衛戦ではホスベル・ペレス(ベネズエラ)を久々のノックアウトに沈め、先日のフェルナンド・マルティネス(アルゼンチン)戦へと駒を進めました。
このマルティネス戦で陥落しているので、WBOからWBAに王座が移り変わったという経緯もあれど、スーパーフライ級でも5年もの間トップを直走ってきた計算になります。
The RING
井岡vsマルティネスの後、まだ更新されていないリングマガジンランキング。
ここではチャンピオンとしてジェシー「バム」ロドリゲス、1位にエストラーダ、2位に井岡、そして3位にマルティネス。4位には田中恒成です。
通例で言えばここはマルティネスと井岡の順位が入れ替わり、さらにタイトルホルダーである田中が3位にアップして4位に井岡、となりそうですが、3年半前に井岡と田中は直接対決で井岡が8RTKO勝利しており、このランキングがどうなるのかは微妙なところですね。この記事がアップされる頃にはもう新しいランキングが出ているかも。
ともあれ、ここで注目すべきなのはリングマガジンランキングにある「Weeks on List」です。
エストラーダは408週間、井岡は304週間、リングマガジンが選ぶスーパーフライ級のトップランカーに選ばれています。
408週間といえば8年近く、304週間と言えば6年近く。
これがこの二人がスーパーフライ級のトップ戦線にいた時間だと考えると、この階級を牽引してきたボクサーだということに間違いありません。ちなみにシーサケットはそれを上回る583週間(11年以上!!)だそうで、クアドラスはおそらく1度外れているのでしょう、33週間。
時代の終焉と時代の幕開け
時代が変わる時というのは、いつも突然です。
このたった2週間の間に、エストラーダと井岡は相次いで陥落。
この二人を破ったのはジェシー・ロドリゲスとフェルナンド・マルティネス、この二人が新時代の旗手と言えるでしょう。
特にロドリゲスのエストラーダへの勝ち方は衝撃的で、これまでKO負けのなかったエストラーダを完璧ににノックアウト。しかもまだ24歳と若く、未来のP4P候補とまで言われているボクサーです。
フェルナンド・マルティネスはジェルウィン・アンカハス(フィリピン)を破って戴冠したボクサーであり、まだまだ底知れなさを感じます。ただ、井岡とは相性も良かったし、井岡が前に出てきたことで持ち前の強打は届きやすく、また回転力という武器も発揮しやすく、やりやすかった感はあります。ただ、完全なアウトボクサー、ー例えば近い階級で言えばサニー・エドワーズのようなーを相手にした時のパフォーマンスはまだわかりません。
井岡に対して非常に強い勝ち方をしたものの、まだどこかで大きな弱点を露呈しそうな感じもします。
ロドリゲスは将来、殿堂入りするような実績をこれから残していくでしょう。
ただ、マルティネスがそうかと言われればその可能性は高くありません。
それでも、やはりタイミングというものは無常であり、足りないフィジカルでなんとか頑張っていた井岡(これはエストラーダも結果的にはそうだったのかも知れない)は王座を明け渡し、プーマ・マルティネスは新時代の幕開けを高らかに告げました。
例えばこの二つの戦いに再戦があったとして、ガジョや井岡に王座が戻ることは難しいでしょう。
それでもこの二人はやろうと思えばまだまだトップ戦線で活躍できる力を持っていると思います。
バム、プーマ、新時代の幕開け。
そしてエストラーダと井岡にとっても、いちコンテンダーとしての新しい時代の幕開けにはならないか。
ロドリゲスの障壁
スーパーフライ級で2度目の世界戴冠となったジェシー・ロドリゲス。
間違いなく、現在のスーパーフライ級最強はこのボクサーでしょう。
マルティネスの強さを目の当たりにすると、バム危うし、というポストも目にしましたが、おそらくそれはいっときの感情であり、いざ戦うとなればバム優位は避け難い。
ただ、このプーマ・マルティネスは、バムの一つの障壁となり得る可能性は十分に秘めています。カタにハマった時の強さは本物であり、バムがもしこのボクサーの得意分野を真っ向から受け止めようとすれば、アップセットが起こりうる可能性も否定はできません。
そしてもう一つの障壁は、田中恒成。
前戦、王座決定戦の田中は非常に慎重な戦い方であり、タイトルを獲得こそすれそれ以上のものは見せられなかったこともまた事実。
しかし、似たような例で井上拓真がリボリオ・ソリス(ベネズエラ)を破ったことを思い出しておきましょう。彼らのあのタイミングとしては、絶対に負けられない戦いであり、まずはどんなに慎重になったとしてもタイトルを獲得しなければならないという戦いだったはずであり、そうなるとある程度保守的になってしまうことは否めません。
言うなれば、田中恒成のスーパーフライ級での真価はこれからであり、その相手はリングマガジンのスーパーフライ級でも10位にランクインするジョナタン・ゴンサレス(メキシコ)、それを考えるとここで素晴らしい勝ち方をすれば自ずとバムやプーマとの王座統一戦もクローズアップされていくはずです。
あくまでも、今現在の序列は
①エストラーダをノックアウトしたバム・ロドリゲス
②井岡一翔に判定勝利したプーマ・マルティネス
③危なげなく王座決定戦でタイトルを戴冠した田中恒成
という序列であることは疑いようがありません。
田中恒成は、7/20に印象的な勝ち方をしなければ、この統一戦のステージに上がることすら難しいかもしれません。(世論が後押しをする、という意味において)
ここから田中が上がっていくのか、バムが順当に王座統一を果たすのか、はたまたプーマが我々の想像以上に強いボクサーなのか、こればかりややはりやってみなければわかりません。
スーパーフライ級新時代、おそらく来年にはまた動きがあるでしょう。
彼らはどのように戦い、どのように勝ち、そしてどのように敗れるのか。
今後のスーパーフライ級を楽しみにしつつ、ロマゴンから脈々と続いてきたこのSUPERFLYの最終章を見届けたいものですね。
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