週末にあったアップセット。
それはロートルの元3階級制覇王者に対し、リング上でダンスを踊ったという試合ではなく、もちろん元WBO世界ヘビー級王者で、WBO世界ヘビー級暫定王者としてリングに上がったジョセフ・パーカーを、英国のパワーファイター、ファビオ・ウォードリーがノックアウトした試合です。
オッズはパーカー-400、ウォードリー+280でしたが、両者のボクシングスキルの差はもっと開いており、ウォードリーが勝利するとすればノックアウト勝利、それ意外はジャスティス・フニ戦のようにボックスされるだろう、というのが大方の予想。
本来であればもっとオッズが開いても良かったですが、戦う場所が英国であること、そしてやはり一発のパンチングパワーへの期待がオッズの差を無くさせた、といっても良いマッチアップ。
しかしジョセフ・パーカーは王者の意地なのか、それとも敵地を十二分に理解した上なのか、中間距離でウォードリーとやり合ってみせました。
このことを、作戦ミスと断ずることは簡単ですが、あのフニ戦を経て、ウォードリーが一段たくましくなったとも取れる出来事です。
ということで今回のブログは、いよいよ新陳代謝が進む世界ヘビー級戦線について。

パーカー対ウォードリー戦が示したように、もはやヘビー級は数人のトップ選手だけで語れる時代ではありません。虎視眈眈と牙を研ぐ「次世代」の選手たちが、すぐそこまで迫っています。ここではウォードリーのほかに、特に注目すべき3人の選手をピックアップしてみたいと思います。
▼パーカーvsウォードリーの観戦記
アギト・カバイェル
まず一人目は、ランキング3位につける無敗のドイツ人、アギト・カバイェルです。彼は、まるでヘビー級に潜む影のような存在でした。しかし、2023年末からサウジアラビアのリングでその才能を一気に開花させます。無敗の強打者アルスランベク・マフムドフを老獪なテクニックで翻弄し、続くフランク・サンチェス戦では圧巻のKO勝利。その評価を不動のものにしました。
カバイェルのボクシングは、派手さこそありませんが、非常に理知的です。彼の真骨頂は、執拗なまでに相手のボディを削り続ける、あのえげつないボディワークにあると私は思います。チャン・ツィーレイとの一戦では、5Rにツィーレイの強打でダウンを喫しながらも、決して心を折られることなくボディを攻め続け、最後は巨漢のスタミナを完全に奪い去ってKO勝利を収めました。
ヘビー級といえばワイルダーに代表されるような一撃必殺のパワーが注目されがちですが、カバイェルはその対極にいるボクサーかもしれません。彼の戦い方は、パワーではなく、技術と戦術、そして精神力で相手のすべてを奪い去るスタイル。こういうタイプのボクサーが頂点に絡んでくると、ヘビー級はさらに面白くなると私は確信しています。
ダニエル・デュボア
二人目は、ランキング4位のダニエル・デュボアです。かつて「ダイナマイト」の異名で恐れられた若き天才も、ジョー・ジョイス戦、そしてウシクとの初戦での敗北により、「ガラスのアゴ」「ハートが弱い」と厳しい批判に晒されました。多くの選手がここで潰れてしまってもおかしくない状況だったと思います。
しかし、デュボアは違いました。ジャレル・ミラーとの壮絶な打ち合いを制し、フィリプ・フルゴビッチを破ってIBF暫定王座を獲得。そして、英国最大のスター、アンソニー・ジョシュアを衝撃的なKOで下し、IBFの正規王座に就いたというキャリアは、まさに彼の精神的な成長を物語っています。
彼の最大の武器が、その名の通りの破壊的なパンチ力であることは間違いありません。しかし、今のデュボアの最も恐ろしい点は、そのパワーに加えて、逆境を乗り越えてきたことで得た「精神的なタフネス」だと私は考えます。一度はどん底を見た男が、再び世界の頂点に手をかけた。もはや彼は単なる「若手プロスペクト」ではなく、誰にとっても危険なトップコンテンダー、ウシクにこそ2連敗を喫していますが、「ウシク後」となるとトップはこのダニエル・ダイナマイト・デュボアでしょう。
モーゼス・イタウマ
最後に紹介するのは、この中で最も若く、そして最も底が知れない可能性を秘めたボクサー、モーゼス・イタウマです。現在まだ20歳という若さで、すでにリング・マガジンのトップ10にランクインしているという事実が、彼の異能さを物語っています。
Team GB(英国代表)で輝かしいアマチュアキャリアを送り、ベン・デイビソンら名伯楽の指導を受けるエリート。彼のボクシングを見ていると、時々年齢を忘れてしまいます。20歳とは思えない落ち着き、サウスポースタンスから繰り出されるシャープなコンビネーション、そしてヘビー級離れしたスピードとフットワーク。専門家の中には「過去20年で最高のヘビー級プロスペクト」と絶賛する声もあるほどです。
カバイェルやデュボアが「今」を脅かす存在だとすれば、イタウマはヘビー級の「未来」そのものと言えるかもしれません。彼のような規格外の若手の突き上げこそが、世代交代、すなわち「新陳代謝」の最も純粋な象徴だと私は思います。
世代交代は起こるのか?
パーカーを破ったウォードリー、理詰めのボクシングで強豪を連破するカバイェル、逆境を乗り越え王者となったデュボア、そして未来を担うイタウマ。彼らが、フューリーやジョシュアといった「既存の壁」に挑んでいく構図は、ヘビー級に新しい風が吹いていることを明確に示しています。新陳代謝は、間違いなく始まっているのです。
しかし、私はこうも考えています。ヘビー級の「本当の未来」を決めるのは、まだ彼らではない、と。
クルーザー級を完全統一し、ヘビー級でも4つのベルトをその腰に巻く絶対王者、オレクサンドル・ウシク。パウンド・フォー・パウンド最強の呼び声も高いこのウクライナの天才が、次に誰と拳を交え、どのようなパフォーマンスを見せるのか。
新世代のボクサーたちがどれだけ勢いを増し、ランキングを駆け上がろうとも、結局のところ、このウシクという巨大で、あまりにも技巧的な山を動かさない限り、真の世代交代は始まりません。彼らはまだ、あくまで「挑戦者」なのです。
ヘビー級戦線は、新しい役者たちが揃い、舞台は整いました。あとは、この物語の主役であるウシクが、次にどの挑戦者を指名するのか。その一点にかかっていると言っても過言ではないでしょう。ヘビー級の未来は、すべてウシク次第。私たちは、その王の次の一手を、固唾を飲んで見守るしかありません。
イタウマは、ディリアン・ホワイトを初回TKOという偉業をやってのけましたが、まだ時期尚早。ダニエル・デュボアは2度ウシクに跳ね返されています。
パーカー戦で出色のパフォーマンスを見せたファビオ・ウォードリーにはチャンスがありそうにも見えますが、ジャスティス・フニに良いようにやり込められた姿もまだ記憶に新しい。アギト・カバイェルは技巧vs技巧ともなれば、ウシクに勝るとは思えません。
とはいえ、ウシクももう38歳です。
いつ来るとも知れない衰え、そこにタイミング良く挑戦できて、この偉大な王者のバトンを受け取れるボクサーはいるのか。もしくは、この元クルーザー級ボクサーに蹂躙されたヘビー級は一旦歴史が終演し、また新たな物語を紡ぐのか。
来年、再来年中くらいには大きな動きがありそうな世界ヘビー級戦線、今後も非常に楽しみです。
【宣伝】
日本で手に入りにくいボクシング用品のセレクトショップやってます。
ぜひ覗いてみてください。
<NEW ITEM COMING>FLYのニューグローブ、入荷しました!