ワシル・ロマチェンコ。
ボクサーやボクシングファン、もしくはボクシングに少しでも興味のある人であれば、その名を知らない人はいないでしょう。
そのロマチェンコの再起戦の相手として、中谷正義(帝拳)という名前が出たそうです。
あの、元パウンド・フォー・パウンドキング、ロマチェンコとの一戦が組まれれば、おそらく日本ボクシング史上最大の一戦と言って良いでしょう。
これまでも、海外のレジェンドと呼ばれるボクサーに、日本人が挑んだ試合はありました。
昨年亡くなったロイヤル小林(当時国際)はアレクシス・アルゲリョ(ニカラグア)に挑み、最近でも亀海善寛(当時帝拳)がミゲール・コット(プエルトリコ)に挑みましたが、それを凌駕するビッグマッチ。
ライト級という世界有数の激戦区において、日本人ボクサーにここまで世界的な脚光が当たる事は非常に稀、むしろ初めてかもしれませんね。
ロマチェンコは2008年の北京オリンピック(フェザー級)、2012年のロンドンオリンピック(ライト級)を圧倒的な強さで勝ち上がり、オリンピックを2連破。
アマ時代の戦績は、396勝1敗という嘘みたいなレコードで、唯一の敗戦は2007年の世界選手権の決勝で喫したものだそうです。
2つのゴールドメダルとともにプロ入りの際は、デビュー戦で世界タイトルマッチをやらせてくれるプロモーターを探し、「デビュー戦では無理だが2戦目なら」という条件でトップランクと契約したという経緯だったと思います。
デビュー戦で世界ランカーを撃破、2戦目で約束どおり世界タイトルへ挑戦。
このWBO世界フェザー級タイトルマッチでは、王者オルランド・サリド(メキシコ)は体重超過という奥の手を使ってまでロマチェンコの世界最短王座奪取記録を阻止。(ロマチェンコは1-2の判定負けで王座獲得ならず。)
しかしこの一戦でプロボクサーとして覚醒したロマチェンコは、3ヶ月後、ゲイリー・ラッセルJr(アメリカ)との決定戦を制し、WBO世界フェザー級王者に。
このタイトルを3度防衛ののち返上、階級を上げて7戦目でWBO世界スーパーフェザー級王座を獲得。
このスーパーフェザー級のロマチェンコには誰も触れられず、圧倒的な強さで4度の防衛、そのすべてを相手選手の棄権によるTKO勝利を挙げました。
ニコラス・ウォータース(ジャマイカ)、ジェイソン・ソーサ(アメリカ)、エドガル・ソーサ(コロンビア)、そしてギジェルモ・リゴンドー(キューバ)。数々の名うてのボクサーを退けた後、ライト級に進出、わずか12戦目でホルヘ・リナレス(帝拳)を倒し、3階級制覇を成し遂げました。
しかし、このリナレス戦、ロマチェンコは初めてダウンを経験しています。
やはりフェザー級上がりのロマチェンコ、ライト級のボクサーには体格的にはやや劣ります。
それでも尚、倒し返して勝利する姿はさすがとしか言いようがありません。
ホセ・ペドラサ(プエルトリコ)、アンソニー・クロラ(イギリス)、ルーク・キャンベル(イギリス)といった強豪のボクサーを相手に、タイトルを増やしつつ防衛、あっという間にWBAスーパー・WBCフランチャイズ・WBOの3冠統一王者となっていきました。
そして残るIBFの王座を保持するテオフィモ・ロペス(アメリカ)との統一戦に臨んだのです。
このコロナ禍の中でのカードとしては、非常にもったいない超ビッグマッチだったロマチェンコvsロペス。
多くの勝利予想はロマチェンコであったと思います。(特に日本においては)
ロマチェンコ神話が壊れたともいえるこの日は、何とも物悲しい日になったのを記憶しています。
ロマチェンコは、リナレス戦で右肩を脱臼し、試合後に手術を受けたそうですが、このロペス戦を前にその怪我が悪化、コンディションは良くはなかったとのことでした。ロマチェンコは、コロナ禍によりファイトマネーが減るからこの試合を受けない、と言ったロペスに対し、自身の取り分を少なくしてまで試合へとこぎつけたという経緯から、延期はできなかったのかもしれません。
怪我をしていてでも勝てるという算段であったならば、その読みは結果を見れば甘かったと言わざるを得ません。
今でも悔やまれる、ロマチェンコvsロペス戦。
ここでロマチェンコはすべてのタイトルを失い、試合後に右肩を再手術。
そこからまだ半年、復帰にはやや早いという印象すらあります。
そして、その復帰戦の相手に浮上しているのが中谷正義(帝拳)。
アマ経験を経て井岡ジムからプロデビューした中谷は、7戦目でOPBF東洋太平洋ライト級王座を獲得。
その王座を11度もの間防衛し、掴んだチャンスはIBF世界ライト級王座挑戦者決定戦でした。
相手は、米国期待のプロスペクト、「テイクオーバー」テオフィモ・ロペス。
圧倒的なパワーを誇るロペスに対し、しっかりと戦った中谷でしたが、結果は思ったより点差の開いた3-0の判定負け。
この判定負けを機に、一度グローブを吊るします。
しかし、翌年、突如として現役復帰、いきなりアメリカラスベガスでの復帰戦に挑み、かつてのプロスペクト、「ディアマンテ」(=ダイヤモンド)フェリックス・ベルデホ(プエルトリコ)を相手に大逆転のTKO勝利を挙げ、本場アメリカでもロペス戦に続いて名を挙げました。
この中谷正義も、ワシル・ロマチェンコと同じプロモーター「トップランク」に所属。
そしてさらに、中谷もロマチェンコ戦に乗り気であり、ロマチェンコも自身のインスタで「What do you think?」と言及しています。
とすると、このロマチェンコvs中谷の試合を阻むものは何も有りません。
いやー、むちゃくちゃ楽しみですね。
正直、現時点で中谷がロマチェンコに勝てる可能性は薄い、と言わざるを得ません。
しかし、ロマチェンコはまだ万全ではないかもしれません。
2018年のリナレス戦での肩の負傷が悪化したのが2020年のロペス戦、という話なんですが、突然悪化したというよりもずっと問題を抱えていたのだと思います。
とすると、手術して約半年、この中谷戦が夏頃に開催されるとしても、9〜10ヶ月?本当に完治しているのは疑わしいところです。
更に、ライト級には明らかにフィットしていないロマチェンコ、生粋のライト級である中谷からすると、体格面でも優位に立てます。
そして、中谷は、ベルデホ戦で見せたアグレッシブなスタイルも持っていますが、長い距離でも戦えるボクサーでもあります。今回は、無理に倒しにいかなくても、判定がロマチェンコ有利に働く事はないような気がするからです。
ロマチェンコが、ベルデホ戦のような中谷を想定していれば、いくつかの計算違いが出てきて、ペースに乗れるのは中谷の方かもしれません。
そうすると中谷にも勝ち目が出てきます。
または、肩の怪我があったとはいえ、ロペスのパワーにロマチェンコが臆していたのも事実。
中谷がベルデホ戦同様、前に出てパンチを出し、不屈の闘志で戦えばあるいは、、、とも思います。いずれにしろ、試合展開は、中谷の出方によって変わってきそうです。
ただ、ロマチェンコはまさに百戦錬磨、いや三百戦練磨。
ここまで培ったキャリアがあり、異次元的なサイドステップを持ち、素晴らしいコンビネーションを持っています。そして、ディフェンステクニックも。
中谷が出てくればいなし、流れるようなコンビネーションを当て、もし距離を取るようであれば自ら攻めてサイドに周り、かつてのような波状攻撃をしかけ、ついにはストップしてしまう展開も十分に想像できます。
ロマチェンコは、前戦の敗戦で何を学んだのでしょうか。やはりボクシングは手を出さなければ勝利はない、長丁場のラウンドの中でポイントを計算する事の重要性を学んだかもしれません。
そうすれば、非常にインテリジェンスが高そうなロマチェンコのこと、ポイントをピックアップするラウンド、休むラウンドを明確に使い分け、中谷の出方によってポイントアウトで勝つか、それともストップ勝ちを目指すのか、とにかく終わってみれば全てロマチェンコの手の中でした、というような展開ともなり得ます。
「まともに敗けた」ロマチェンコほど恐ろしいものはないかもしれません。
ベルデホに勝利した中谷に対し、ロマチェンコはロペスに敗北したとはいえ、おそらく予想としてはロマチェンコが圧倒的有利と出るでしょう。
そこで中谷が奇跡を起こせるか、否か。
非常に楽しみではありますが、ここで負ければどちらかのキャリアが終わりを迎えてしまうかもしれない超過酷なサバイバルマッチ。
決まるかどうかはわかりませんが、もし決まれば、私はどちらを応援するのでしょうか?
もし決まらなくても、ロマチェンコが中谷に対して言及してくれたことはそれだけでも嬉しいですね。